第4話 石魔人アクィラ

――――三千年前、とある大陸、とある砂漠の街にて。


 とある三つの種族の戦いの舞台になった砂漠の街。

 幾つにも分かれた人間側の勢力の一つ、その戦力として石魔人が投入されていた。


 この戦いでは三人の石魔人が戦い、他の種族の戦士達を次々と倒していき、その余波で建物が幾つも跡形もなく消し飛んでいった。


 倒壊した建物に囲まれた街の教会、そこで三人の石魔人が一時の休憩をしていた。


「おい■■、残りはどれぐらいいやがる?」


 石魔人であるアクィラは頭を掻きながら仲間の石魔人である、ネロに面倒くさそうな声で話しかける。


「エルフは残り50にも満たない。ただ魔族側はまだ200近く街の外に待機しているね。■■■■■、先にエルフ側をどうにかしようか」

「ああ、奴等を阻止しないとまたこの間のような事になる。徹底的にやらないとどこかを突かれかねない」


 腕を組みながら爪を研ぐ■■■■■は、この場の誰よりも冷徹な目でアクィラを見つめる。


「人間同士ですら殺し合う有様だ。ならこちら側から完全に叩き潰すのが俺達の役割、そうだろアクィラ」


 どこか達観した■■■■■の言葉にアクィラは少しの間沈黙するが、直ぐに吹っ切れた顔を二人に向けた。


「ああそうだ……それに何かやらかしてしまえば、他の所で戦ってる連中にも合わせる顔がねえ。俺達は悪魔や化け物言われてもやらなきゃならねえんだ」

「そういうことだ」

「ということでいきますか、お二人共」


 三人の石魔人は一斉に飛び上がり、教会の天井を突き破る。


「いくぞアクィラ、■■。奴らを殲滅……する!」


 ■■■■■の宣言と共に周囲の敵を確認する二人。


 それに気付いた敵も空飛ぶ三人を見つけ驚き武器を構える。


 そんな敵に対し、三人の石魔人はただ無言で突っ込んでいった。






 お互いの顔を無言で見つめる二人の石魔人。

 ユイグは既に意識が途切れそうになっていた。


「まったくテメエときたら……。三千年ぶりにそのツラ拝めたと思えばこれだ」

「うる……せえ……」


 地面に降り立ったアクィラはゆっくりとユイグに近寄り、屈んでユイグの顔を呆れた顔で眺める。

 その様子を近くで見ていたハツメはアクィラに警戒しつつユイグに近寄る。


「おいおい姉ちゃん、別にそう警戒しなくても別に俺には敵意はねえよ」


 そうは言ってもユイグ以上に得体の知れない石魔人なのでハツメの警戒心が解ける様子は無い。


「だって、他の石魔人がこの地域にいたなんて知らなったんだから……」

「あー、まあそれならしゃあねえか。実際、そいつが目覚めた時も遠目で見てたしよ」

「あの時からいたの!?」


 さりげなく神殿跡の件を見てたという事実にハツメは驚きを隠さなかった。

 そんなハツメの事を無視して、アクィラは右手の細長く尖った人差し指でユイグの頭を小突く。


「どこまで思い出した?少なくとも俺のツラと名前は思い出しただろ?」

「……顔、人数は……六人とも……思い出した……名前は……オレのだけが…………駄目だった」


 そう言い残すとユイグ意識を失ってしまう。


「ユイグ!」

「ああ大丈夫だ、起きてからの無理が重なっただけで朝には目覚めてるよ。それにしても……」


 アクィラは自分の額に手を当てながら、「マジかよ」と小声で呟き、手を少し開いてユイグの顔を見る。

 ユイグがある程度の記憶を取り戻したのならユイグ自身の名前くらい思い出せてると踏んでいたので、肝心のそこが見事に抜けていたのは想定外だったからだ。


「お前ぐらいだよ、目覚めて記憶消失って形で抜けてるの……どうしてそこが抜けるんだよ……」

「ならアナタが教えてあげたら?彼の名前を知っているのでしょう」


 先程からのアクィラの様子から見るに、ユイグの名前を知ってるだろうとハツメは確信していた。


「ああ知ってる。だが教えん」

「なんでよ!」


 バッサリと言い切るアクィラに対し頭にきたハツメは、警戒心はどこへ行ったのやら物凄い勢いでアクィラに詰め寄る。


「まあまあ落ち着きなって、せっかくの美人顔が台無しだぜ?」

「うるさいわね、じゃあユイグの本名を教えない理由話しなさいよ」


 頭に血が上るハツメの態度を無下にするだけ面倒だと思ったのか、アクィラは露骨に面倒くさそうな顔をしている。


「…………あー、なんだ。この手のは自発的に思い出さないと意味ねえと思ってな」

「それはどうして……?」


 そう言いながら夜空の月の方を見上げるアクィラ。


「そっちの方がコイツのために為になるからだよ…………」

「……どうしたの? 急にそんな顔をして」

 

 月光に照らされるアクィラの顔はどこか寂しげな顔を浮かべていた。


「気にしないでくれ。――――まあ、それよりもだ」


 急にハツメの方を向いて指を差してくるアクィラに、ハツメは少し後ろに下がる。


「な、何……?」

「コイツの身体を新しくしといてくれ」

「私が石魔人の身体を!?」


 ハツメが大きく戸惑うのも無理はない。石魔人については歴史書等にある程度記載があった範囲の知識しか無いからだ。


「きっと大丈夫だろ、俺達の身体は錬金術師に作られたんだから、きっと姉ちゃんにも出来る筈だ」

「そうは言ったって……石魔人の事なんて殆ど知らないわよ」


 確かに石魔人の誕生に錬金術師が関わってるのは歴史書にも載っていた。

 しかし、石魔人がどんな仕組みで動いてるのか、どんな物質で構成されているのかなんて分からなかったのだ。

 その上、ハツメはゴーレムや自立式人形オートマタといった分野もそこまで得意ではなかった。


「やっぱりあれが必要か……」


 錬金術師であるとはいえ、ハツメが本当に石魔人について詳しく知らない事を悟ると、いきなり右手で自身の左手を掴み、肘から先を引き抜いた。


(急に何してるのこの人!? ……あら、左手の中に瓶?)


 引き抜いた左手に埋まっていた細長い瓶をアクィラは右手で引っこ抜く。

 瓶の中には丸められた古びた紙が入っており、アクィラは瓶の蓋を引き抜いて紙を取り出した。


「ほらよ」


 アクィラはその紙をハツメに投げ渡し、ハツメは不思議そうに紙を広げた。


「えっ、まさかこれ」


 紙を持つハツメの手は震え、驚きのあまりに目が見開く。


「ああそうだ。俺達の身体について。その図解や説明の書かれた、まあ初心者でも分かる設計図ってところでいい」

「こんな物があったなんて……」


 古びた紙に書かれていたのは石魔人の身体の作り方であり、読みづらくはなっているが図解や使える素材等が事細かく書かれていた。


「ただ俺達の動力炉、心臓と言ってもいい核となる事については一切書いてないからな」


 確かに紙の図解等はあくまで石魔人の身体についてで核となる存在については何一つ書かれてはいなかった。


「いいのかしら……こんな大事な物受け取って」

「別に何枚もあるからな、ずっと持ってりゃいいさ」


 左手を元に戻し、瓶を人差し指の上で回しながら平気そうなアクィラ。

 それに対し、ハツメは一つの不安が脳裏を過ぎった。


「でもこれを誰かに見られでもしたら……」


 石魔人の設計が他者に見られでもした場合の危険性をハツメは強く感じていた。

 危険な殺戮兵器を求める国にでも渡れば取り返しつかないのではと。


「それなら俺みたいにそいつの身体にでも隠しとけばいい、最悪燃やすなりすればいいさ」

「分かったわ……」


 アクィラはハツメに瓶を手渡し、ハツメは再び紙を瓶へと入れて鞄にの中にしまった。


「じゃあ俺はこのカボチャ野郎を」


 近くで倒れてる赤カボチャを持ち上げたアクィラは左肩に乗せる。


「待って、そいつをどうするつもり……」

「コイツに訊く事がある、この村に置いとけば話す前に報復で八つ裂きにでも遭うのが目に見える」

「だったら私達も一緒に!」


 焦るようにアクィラに詰め寄るハツメ。

 この惨劇を引き起こした赤カボチャを黙って連れて行かれたくなかったからだ。

 だが、アクィラは右手を前に出してハツメを制止する。

 アクィラの表情は先程までとは打って変わり、どこか冷たさがあった。


「お前達にははまだ早い」

「こちら側……?」


 ハツメに背を向けアクィラは翼を大きく広げ、今にも飛び立とうとする。


「それにこの村とそいつを先にどうにかしてからだろ」

「……」


 そう言われてハツメは村中を見渡す。

 今この瞬間も、動ける村人は他の村人達を助けようと身体が痛むのを堪えながら頑張っていた。

 


「分かったわ……。そいつは貴方に任せる。でも一応確認させて」

「何だ」


 赤カボチャを背負って鎖で縛り固定したアクィラは、ゆっくりと翼を羽ばたかせながら応える。


「貴方はユイグを助けるためにあの紙を私にくれた。それなら味方って事でいいのよね……?」


 その問いにアクィラは無言で飛び上がる。


「待ってよ!」


 上昇していくアクィラに向かってハツメが大声で叫ぶと、周囲の木よりも高い位置まで上昇したアクィラがハツメの方へと顔を向けた。


「あくまで古い付き合いだから助けた。今後、俺が味方かどうかはそいつ次第」

「……」


 やや威圧的な声でアクィラは問いに答えた。


「そして教えといてやれ。現代に蘇るだろう、狙ってる輩は多くいるとな」

「六人……!? 石魔人はそんなにいるの……」


 まさか六人の石魔人がいるとはハツメにとって初耳だった。


「全員の姿を確認したわけではない。まだどうなったか分からん奴もいるが、出来れば三千年の様に共に戦える事を望んでいる」

「分からない事ばかりだけど、私達もそう望むわ」


 小さく微笑むアクィラは、徐々に空高く上昇していく。


「ならば次会う時にはどうなってるか楽しみにしておく。あばよ」


 別れ際の一言を告げた瞬間、アクィラは目にも留まらぬ速さで飛んで行ってしまった。



「……村の人達の所へ行かなきゃ、ごめんねユイグ、後で迎えに来るから」


 申し訳ない顔でユイグから離れ、ハツメは再び村人の救助へと向かった。






 固定したものの万が一赤カボチャが落ちないようにと気をつけながら飛ぶアクィラは、先程再会したユイグの事を思い出していた。


(ったく、力と記憶が不完全なせいか知らんが、あの頃とあそこまで性格や戦い方違うとは思いもしなかった……。いや、あれが本来のアイツなのかもしれないが)


 目覚めたばかりのユイグはアクィラのよく知る石魔人とは色々と違っていた。

 その事を二人には言わなかったが。


(■■の奴に面白い土産話が出来たがな。■■■■■も蘇ったとなりゃあアイツもきっと大喜びだろうな!)


(だから簡単にくたばるんねえぞ……。


 拳を強く握りしめ、北の空へと消えていった。






 村の東の外れにポツンと建つ民家、ここは火や大きな破壊を何とか免れた民家であった。

 この民家の二階の一室、そこにあるベッドの上でユイグは目を覚ました。


(…………明るい、もう朝か)


 起き上がったユイグは自分がどこかの家にいるのを理解してベッドから降り、自分の格好をじっと見つめる。


(……なんだこの格好)


 ユイグは寝間着を着せられていたが、ユイグの時代にはその様な物は無く見慣れない衣服であり、不思議そうに布の記事を引っ張る。


 寝間着姿のまま部屋の扉を開けて廊下を出て、直ぐ近くの階段から一階へと降りた。


(ハツメの姿は無いが、オレがこうやっているならば大丈夫か…………ん?)


 起きた時から少し意識はしていたが、先程から少しずうある違和感に気がついた。


「おい待て、まさか……」


 ユイグは周囲を見渡して、近くの風呂場に立てかけられた鏡を見つけ、どこか焦りながら鏡の前に立った。


「…………」


 鏡の前に立って無言で固まってしまうユイグ。


「あっ!やっと起きたのねユイグ!」


 近くの部屋から出てきたハツメがユイグに駆け寄るが、ユイグにはそれどころではなかった。


「おいハツメ」

「何?」


 ユイグはジリジリとハツメのいる方へと振り返って無表情でハツメを見る。


「お前何した」

「あっ……」


 何の事か察したのか、直ぐにハツメはてユイグから目を逸らす。


 何故なら今のユイグは――――。


「どうしてこんなに小さくなってるんだ!」


 身長が150cm前後の子どもな身体になっていた。

 しかも、身長に合わせてか顔まで幼くされている。


「ごめん……」

「謝りながら屈んで撫でるのは止めろ!」


 声も幼さのあるユイグの怒声が家中に響いた。

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