第3話 力と記憶の断片

 村の中で今も苦しんでいる生存者を助けるべく村を駆けるハツメ。

 そして、広場にてユイグと赤カボチャの戦いは始まる。


 そんな二人の戦いを村の上空から静かに見下ろす視線が一つ。


「――は目覚めたばかりか、ただの出土品かどうか確かめさせてくれよ」






 ぶつかり合う両者の拳、そのまま両手で掴み合うも、互いに一秒足りとも隙を与えまいと次の攻撃に出ようとする。


「それそれ!」


 先に攻撃したのは赤カボチャだった。

 攻撃を仕掛けるつもりだったユイグであったが、咄嗟に左膝を曲げた状態で左脚を上げ、間一髪で赤カボチャの攻撃を防御する。


「くっ……」

「おや?あれだけの蜥蜴相手にした筈でしょうにその鈍さ、やはり三千年も眠っていればその石の身体も動きが悪くなりますよねぇ」


 両者は一度態勢を立て直そうと後ろに下がる。

 実際のところ赤カボチャの指摘は間違ってはいなかった。

 棺の中の三千年という時の中で徐々にユイグの石の身体全体が劣化しており、先の火炎蜥蜴の戦いで既にかなりの負荷がかかっていた。


「うるせえな。こっちにも意地はあるんだよ」

「ほう。それではどこまでやれるか見させていただきましょうか」

「じゃあ見せてやんよ!」


 ジグザグに不規則にジグザグに動きながら赤カボチャに接近するユイグ。

 それをなんとか目で追いかける赤カボチャは火を波のようにして放つ。

 だが、ユイグはその攻撃を正面から突破して左手で赤カボチャの頭部を被り物ごと捕まえ、そのまま被り物全体に亀裂が入るほど力強く握りながら地面に叩きつける。


「ごはっ!」


 カボチャ頭の口のくり抜きから血が吐き出る。流石の赤カボチャもこの一撃は大きかったようだが――。


「今のは痛かったですよ、だからお返しを

「既に……?――――なっ!?」


 突然ユイグはその場に倒れこむ。


 なんとユイグの両脚の膝から下が彼の後方から飛んできた鉄球によって破壊されたのだ。


「テ、テメエ……!」


 両腕で身体を支えながら力一杯にユイグは立ち上がり、自分を見下す赤カボチャを睨む。

 そんな赤カボチャの小声の笑い声から、赤カボチャが仕掛けた物だと直ぐに理解できた。


「卑怯と言いたげな顔ですが不意打ちをしないなど一度も言っておりませんよ?私は念の為石魔人を警戒していたのですから仕方ないのですよ。貴方が聞いていたよりも全然弱かったのが残念ですが」

「なんだとガアァ!?」


 先程のお返しと言わんばかりに、赤カボチャは右足でユイグの頭を踏みつけ、強く地面へと押し込める。


「ハァ……残念ですが、を頂くとしましょうか」


 そのまま左手でユイグの頭を押さえつけ、ゆっくりと右手をユイグの身体へと手を伸ばしていった。






――時は少し遡る。


火の灯った松明を手に持ち村の中を奔走するハツメ。錬金術を使い錬成した特殊な薬草と薬液を用い、生存者の手当てをしていた。


「これでひとまずは大丈夫です」

「あんた……本当に錬金術師なのか……?」


 手当てしていた中年の男はハツメが広場にいた時に遠くから怪しんでいた村人の一人だった。


「……はい」


 目を逸した状態でハツメは答える。そんなハツメを見て、男は一度ハツメを睨むものの、直ぐに気を落としたのか下を向いた。


「正直あんたのせいだと叫んでやりたい……が、俺達のせいもある……。大きな混乱を起こしてしまった。その混乱の中で現れたあの野郎、カボチャ逃げれた奴が逃げれなかった……」

「……あっ」


 男はそう言い終わると、身体の痛む箇所を押さえながら立ち上がる。


「今無理すると身体が!」

「俺はまだ動ける。松明と薬を分けてくれ、少しでも手分けして村を回れば一人でも多く助けられる」

「……分かりました」


 止めることは出来ないと理解したハツメは、予備の松明と薬草と薬液の瓶を男に分け与え、男はなんとか歩き出して生きてる村人を探しに向かった。

 ハツメも直ぐにまた走り出し、崩れた家の下敷きになった老人や火傷を負って身動きの取れない女性等、十年にも満たないが村人達を助けていった。

 だが、その中でも多くの死者の姿も見つけてしまい、彼女は下唇を噛み締めながら村を駆け回る。


「誰か! 誰かいませんか! ……今、あそこから声が!」

 

 倒れた大木の近くから小声だが助けを呼ぶ子供の声を聞き取ったハツメは直ぐに駆け寄った。


「大丈夫!? …………あ、貴方は!」


 目にしたのは広場で直ぐに村から離れるように忠告してくれたあの若い男であった。


 それも、で――。


「わ……るい…………俺……が……不甲斐……なくて……」

「喋らないでください!直ぐにどうにかします!!」


 手が震えながらもハツメは瓶に入った液体金属を木の下へと潜らせ、魔法で棒状へと変えていき、若い男の代わりに倒れた木を支えさせる。


「皆今のうちに!」


 木が少し持ち上がって隙間が出来る。その隙に子供達はそこから脱出する。


「あとは……」


 液体金属の一部を小さな刃に変え、ハツメはそれを手袋越しで掴み、若い男に突き刺さった木の枝の根元を切り落とす。

 引っ張り出された男は直ぐ近くの芝生の上に寝かせられる。


「待っててください!直ぐに手当てを――」


 ハツメが言い終わる前に若い男は右手を弱々しく前に出し、首に横に振る。


「も……う……無理……だ。……それ…よりも……あの子……を……!」


 最後の力を振り絞りながら男は左手で少し離れた井戸の近くを指差す。

 暗く、遠目で分かりづらかったが、ハツメは井戸の陰い小さな影が倒れているのを確認する。


「たの……んだ」

「……」


 後を託す言葉を最期に若い男は静かに息を引き取った。


「……皆、その人を頼むわ」

「うん……」


 子供達に背を向け、ハツメは急いで井戸の方へ走り出す。


 若い男の死を察したのか、子供達は悲しそうに男の遺体を見つめていた。


「大丈夫!? ……えっ?」


 井戸に駆け寄り、それが誰が分かりハツメは固まってしまう。

 何故なら、倒れていたのは黄色の花の少女であった。


「お姉ちゃん……? お姉ちゃんなの? ごめんね、お姉ちゃんの顔が見えなくて」


 ハツメに気付いたのか何とか立ち上がる少女。

 確かに少女は生きている。手足も動かせるだろう。


 だが――――。


「嘘……目が……」


 ハツメは絶句する。


 何故なら、最後に別れた時は傷一つも無かった少女の両目に大きな傷があったのだ。傷は深く、もうその目に何かを映すことは無いだろう。


 そして何よりも、であった事にハツメは言葉を失った。


「ごめんねお姉ちゃん……もうお姉ちゃんの顔も花の色もわからなくて」

「……ウッ!」


 少女の言葉にハツメは強く唇を噛む。

 このようなことになったのは大元の原因は自分なのに、そんな自分に謝る少女の姿に。


 この傷があの赤カボチャによるものだと直ぐに理解できた。少女と自分の関係を知った上でやったのだと察し、尚更目の前の少女の姿を見て、また感情が頭の中で纏まらなくなってきた。


「お姉ちゃんは錬金術師なんだよね?」

「まさかいつ……!?」


 目の前の少女が錬金術師だと知っていた事にハツメは驚く。


「あのお兄ちゃんと話してるの聞いちゃって……でも、お姉ちゃんは優しいだよ!」

「そんな……あなたの目も村の事も私のせい! 私が悪いのよ!」


 今にも泣きそうな声で叫ぶハツメ。

 そんなハツメの声から察してか、少女は村の外で別れた時の様に微笑む。


「いいんだよお姉ちゃん。だからお姉ちゃんが出来る事を頑張って」


 目も見えないながらも少女は手を伸ばし、ハツメの震える手に触れて優しく握る。


「私が出来ること……」

「うん、お姉ちゃんは凄いもん!」


 少女は両手で何とかハツメの顔の位置を探り当て、ハツメの頬を伝う涙をその手で拭き取る。

 目も見えなくなった少女の健気な行いにハツメの手の震えは収まり、


「――分かったわ。お姉ちゃん頑張るから」


 ハツメは涙を拭き取り、見えないと分かっていながらも少女に微笑んだ。






――そして再び、広場にて。


「ぬおおお……!」

「おやおや、しぶといですね」


 両手で赤カボチャの右手を掴み何とか抑え込んでいるユイグの姿があった。


「しかし、しぶといのは貴方だけではないようで」


 体勢はそのまま、赤カボチャは頭を動かし周囲を見渡して溜息を漏らす。

 村の色んな所で松明の灯りが見える。どうやら傷ついた村人達が手分けして他の村人の手当てをしている様子だった。


「まったく、先程から村が騒がしくて仕方ありません。思っていた以上に生き残りがいたようです」

「つまりお前は半端者だってことだ」


 嫌味げに吐き捨てると、赤カボチャは左手にさらに力を込め、地面を広く陥没させてユイグの頭部をさらに深く押し込んでいく。


「貴方を手早く終わらせ、他の村人も始末しましょう」

「やらせるかよ……!」

「さっきからその状態のままでよく言えますね?  無理ですよ。貴方は私と戦って記憶を取り戻すつもりだったようですがそれどころではないようですね!」


 そのままユイグの頭部を持ち上げ、叩きつけ、これを笑いながら何度も繰り返す。


「ハハハハハ! そんな身体では! 貴方は私に勝てない上! 何も守れない!」


 赤カボチャ大声で笑いながら右手を掴む手を払い除け、右手を広げて掌の上に大きな火球を作り出す。

 これまでの火の玉とは比較にならない渾身の火の大魔法を放つつもりだ。


「守れな……ない」


 ロクに意識もハッキリしなくなる中で、ユイグは赤カボチャの言葉を復唱し、身体の力が抜ける。


?」

「……また?」


 赤カボチャは不思議そうにユイグの発言に首を傾ける。


――――その時、ユイグの脳裏に多くの光景と言葉が流れこんできた。


 まるでヒビの入った壁がちょっとしたショックで崩れ、奥にあった物が波の如く押し寄せたかのように、消失した記憶の一部が纏めて修復されたのか、ユイグの記憶は洪水のような状態であった。


(なんだ……何なんだこれは……)


『お前のおかげで勝てたんだ』『私達が生き残れたのは皆さんのおかげです!』『俺達が何者かは分からないか、だが仲間なことに変わりない』『甘さは捨てろ! それでも石魔人か!』『この化け物が!』『貴様らに人の命なぞ分かるものかぁ!』『生きるんだ! 奴にあれを渡さぬために!』『■■■■■!何故だ! 何故お前がぁ!』


 断片的でところどころ雑音ノイズも入っていながら、ユイグの記憶の隙間に多くのものが埋まっていく。


『すまない■■■■■。お前達を作った私の責任だ……』

『魔人でも悪魔でもないよ! だって私の■■■■■なんだから!』


 そして、断片ながらも彼の記憶を少しずつ埋まっていくき、その一つがユイグに大きな変化を与える。



『どうした■■■■■? いつも通りでいきなよ。君は僕の友で■の■■■■■だろ?』



(ああ、誰か思い出せないがそうなんだろうな。オレがこんな所でやられるものか)



 記憶の断片から大切な何かを思い出すユイグは小

さくほくそ笑む。


「何ッ!?」


 先程まで力が弱まり抵抗が精一杯だったユイグの変化、赤カボチャは今までにない驚きを見せる。


 何故なら、力の抜けたユイグの身体が動きだし、赤カボチャの左手が徐々に押し返していくのだ。

 その上――。


「なっ!? 何だこの熱さは!?」


 赤カボチャは咄嗟に左手を離す。

 その手は黒く焼け焦げており、勿論赤カボチャの火球の魔法の暴発でもなかった。


「どうしたカボチャ野郎」


 鋭い目つきで赤カボチャを睨むユイグ。

 両足も損傷し、身体も限界な筈のユイグを見て赤カボチャは震えが止まらない。

 だが、ユイグの全身は姿


「ク、クソ! くたばれーッ!」


 冷静さを失った赤カボチャは右手の大火球をユイグに投げつける。

 たとえ大きな変化が起きていても、その場から動けぬユイグは大火球の直撃で粉砕される自信があった。


「…………」


 自身に迫る大火球をユイグは落ち着いた表情で見つめていた。


「ハハハハハ! バラバラになってしまえばいいんです!」






 村人達の手当てを行い、先程の中年の男と再び出会ったハツメは広場に急いで駆けつける。


 そこで目にしたのは今まさに大火球が迫るユイグの姿であった。


「ユイグ!」


 必死に走りながらユイグの名を叫ぶが微動だにしない。

 ハツメも赤カボチャこれで終わりと思った。


 だが、二人は超常的光景を目の当たりにすることになる。


「そんな、まさか……!?」


 赤カボチャは震えながら目の前の光景に震えた。


「何が起きてるの……!?」


 ハツメは理解が追いつかず目の前の光景を前に足が止まっていた。



 ユイグに直撃した大火球、それはユイグの赤熱化した身体を粉砕するどころか、

 その身体はさらに赤熱化しており、周囲の空気すら熱せられる。


「う、うわああああ!!」


 渾身の一撃を取り込んだユイグという悪夢に恐怖に叫んでしまう赤カボチャ、直ぐにでも逃げねばと魔法で浮遊する。


「逃げるな!」


 その姿を見たハツメはユイグのことは置いて、先に赤カボチャをどうにかしようと迫る。


「アヒャハハハハハ! 私は逃げるがお前等はその魔人に殺されてしまうんだ!」


 汚く笑いながら赤カボチャはハツメにに吐き捨て、一秒でも早くユイグから離れようと背を向けて逃げようとする。


「……」


 そんな赤カボチャを静かに睨みつけていたユイグは左手の人差し指を真っ直ぐ伸ばす。

 赤熱化した左手の熱は人差し指に集中していくのは元の色に戻る中、人差し指の色は赤から徐々に白さが増していき、指先は輝白色となっていった。


「終わりだ」


 勢いよく赤カボチャへ向けて指を振。

 元々度重なる負荷で容易く千切れるようになっていた指先だったため、千度を越える高熱を保った指先は左手から千切れ飛び、赤カボチャへと向かって飛んでいく。


「それでは退散とし――」


 精神状態が不安定となった上、ハツメへと意識が向き、煽る事を優先して逃げることのなかった赤カボチャにその一発が避けられる筈もなかった。

 高速で、なおかつ千度以上の熱を保った指先が赤カボチャの胸元を貫く。


「ギィィギャアアアアアア!?」


 貫かれた胸元を押え、赤カボチャは今までで一番の絶叫をあげながら地面へと墜落する。


「や、やったの……? やったのねユイグ!」


 意識を失ったのか、ピクリとも動かない赤カボチャの姿を確認したハツメは、後ろにいたユイグの元へと駆け寄ろうとするが、


「……ハツメ……来るな!」

「ユイグ?」


 左手で自身の胸元を抑えるユイグはハツメに向かって何とか絞り出した声で静止させた。


 次の瞬間、ユイグの全身が赤く発火しだした。


「ぐっ……! ガアァ……!」

「ユイグ!? きゃあ!?」


 ユイグの状態が明らかに危険だと察したハツメであったが、波のようにユイグを包む炎の強さにマトモに近づくことが出来ない。


(この火……まさか、そんなことは……)


 ハツメの脳裏に最初にユイグと出逢ったあの場所が浮かぶ。

 火に包まれた三千年前のあの光景、と、ハツメは考えてしまった。


 だが、今はそれどころじゃない。


「逃げ……ろ! ……ハツメ……!」


 身体が激しく燃えながら、ユイグは何とかしようと力を抑え込もうとする。だが、それと裏腹に勢いはどんどん強まっていく。


「ユイグ! ユイグ! どうしよう、私程度が覚えてる水の魔法じゃ話にはならな――」


 どうすればいいかハツメが考え、頭を抱える、その時だった。


「本来ならあんな奴や火炎蜥蜴とは比べ物にならない。だからってよ、その身体じゃ限界あるだろ」


 上空から先程の大火球の倍以上はあるだろう巨大な水の塊が降り注ぎ、ユイグの炎を鎮火させた。


「……まさ……か」


 薄れゆく意識でなんとか上空を見るユイグ。


 全部思い出したわけではないが、確かにかつて見たことある。確かにその名を知っている。がそこにいた。


「本当久しぶりだな」


 まるで彫刻のような石の鳥の翼を持つユイグよりやや小さい2m前後程あるだろう金髪の男。


「……アクィラ」


 が月夜をバックにユイグを見下ろしていた。


 三千年の時を越え、二人の石魔人がここに再会した。

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