第20話 過行く日常

 新九郎たちが多枝の店の用心棒になってから、早いもので一ヶ月の時が流れていた。その間に襲撃が起こる事もなく、ただ夜警をして給金を貰うという日々を繰り返していたのだった。


「なあ、多枝殿。今月は小の月であるが、末の分の給金はどうなるのだ」

「兵衛さん。私は最初に六曜毎と仰いましたわよ」

 多枝は不思議そうに小助を見ていたが、新九郎にはどちらの気持ちも理解できていた。学の無い小助は六曜を6日毎位としか捉えていない。だから、小の月の最終が5日間となってしまうので給金が減らないかと心配したのだろう。

 しかし、六曜をきちんと理解している多枝からしてみれば5日間であろうが六曜は六曜なのである。それ故にこの様な反応になるのも当然なのである。


「うぅむ。その六曜というのが、いまいち良く分からん。繰り返していると思ったら、いきなり変わったりもする。掴み所が無くて、まるで女子のようじゃな」

「そんなことは無いぞ。月毎に朔日(1日)がどの六曜から始まるかが決まっておる。大の月と小の月が入れ替わるから分かりにくく思えるが、月単位で考えれば何も難しい事は無い」

「あら、新さんは意外と博識なのですわね。ひょっとして大層な家名の出などではありません事よね」

 新九郎は当然のように小助に説明していたら、多枝から要らぬ疑いを掛けられてしまう。


「さあな。如何せん、わたくしには昔の記憶が御座らんからな」

「そういう所もですわ。どことなく話し方もお上品ですから」

 記憶が無い事を盾に逃れようとした新九郎だったが、無意識のしゃべり方を指摘されてしまえば反論する事も出来なかった。


「まあ、どうであろうと真実は分からぬのだからいいではないか」

 結局、有耶無耶にするしかない。

「ワシの家は曾祖父の代まではそれなりの家格であったのだぞ」

「そうで御座いますか。それで家名はなんと仰るのですか」

 家の事で才四郎が自慢げに口を挟む。彼は親からそう聞かされて育って来たのだ。多枝もその話に乗っかって話題を広げようとした。


「知らん」

「えっ……」

 堂々と才四郎が言い放ったために、多枝は絶句する。


「うぬは馬鹿か。家名を知らないのにどうして家格が高いと分かるものか」

「むっ、そうなのか」

 又次郎の突っ込みに才四郎は困惑気味だった。


「まあ、まあ、本当の所は分かりませんし、一先ず一服致しましょう」

 そういうと多枝は白湯を用意する。


「うん? ちと濁っておるようじゃが」

「ええ。滋養のある薬を混ぜてみましたの」

 いつもと違う湯の色に又次郎がぎょっとしていたが、多枝の説明で皆納得してそれを飲む。多枝は薬屋を営んでいるのだから、だれも疑問に思わない。

 ただ、新九郎だけは、なぜ多枝だけ口にしないのかとは思っていたのであった。

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