第17話 印象

 関を通過するにあたって、小助は四人分の120文を支払った。新九郎は当然ながら、又次郎も才四郎も銭を持っていない事を小助は良く知っているのだった。

 それに、恐らく次回以降は小助が払わなくてもよくなる筈だと思っていた。先程、多枝は税の分といって銀子を小助と新九郎に一枚ずつ渡して来たのだ。なので、今後もそれは続くだろう。四人の往復で240文なので銀子を三枚貰える筈と胸算用していた。


 丁度、日も落ちるいい頃合いに、新九郎達は多枝の屋敷へとやって来たのだった。

「御免する」

 小助が声を掛けると戸を開けて中へと入って行った。


「あら、良い時分にお戻りになられましたわね。丁度、夕餉の支度が整った所でしたの」

 多枝は新九郎に流し目を寄こしながら、声を弾ませていた。

「それで、多枝殿。追加の者を連れて参ったのだが、紹介して宜しいか」

「ええ、勿論。兵衛様のお眼鏡にかなう御仁ですものね。大歓迎ですわよ」

 依頼主が、紹介を承諾するという事は、その者が依頼に関わる事を認めるという事である。通常は、先に紹介させて、その人也を吟味してから承諾するという流れなのであるから小助は少し驚いてしまった。


「こちらが、依頼主の多枝殿だ。こいつらが、又次郎と才四郎だ。見た目はともかく腕っ節は強いし、気の良い連中だから安心して欲しい」

 小助が二人を紹介した瞬間、多枝の笑顔が一瞬引き攣ったのを新九郎は見逃さなかった。とは言え、それも仕方のない事だろう。野盗と見紛うばかりのその風貌であるのだから。それでも、まだ水浴びをさせた分は幾らかましになっているのだが。


「又次郎でござんす」

「才四郎じゃ」

「ええ、ええ。逞しい御仁が二人も増えて、私の安心感もまた上がりましたわ」

 流石に多枝も並みの女性では無いので、一瞬狼狽えたとしてもすぐに取り繕えるのだった。そして、瞬時に相手の良い所を見付けて、それを褒める所などは商売人の鏡である。


「では、膳を準備致しますので、そちらにお上がり下さってお待ちくださいね」

 そうして、囲炉裏端を勧めると多枝は奥へと下がって行った。恐らく下女に膳が増える事を指示しに行ったのであろうと新九郎は思ったのだった。

 所が、多枝はすぐには戻ってくる気配は無かったのだった。


「もしや、多枝殿が手ずから準備なさったのか」

 戻って来た多枝は膳を手にしていたのだが、その袖口が濡れていた事に新九郎は目を止めたのだった。

「お公家様ではありませんのよ。そんなに驚く事ですかしら」

 ころころと鈴の様に笑う様に、新九郎が多枝に持っていた印象が随分と変わったのだった。

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