第12話 違和感
小助は関で60文を払って新九郎と共に中心街の方へと足を踏み入れる。雑多としていた庶民街と違い、道も広く建物も一つ一つが大きかった。何よりも、全体的に綺麗で清潔なのだ。
「ははっ、驚いたか。わしらとは違う次元を生きている者達の暮らしぶりは凄かろう」
「うむ。何というか」
新九郎は言葉を詰まらせる。確かに小助の言う通りなのだが、それなのに彼には心の底からの驚きはなかったのであるから。
「まあ、二日もすれば慣れるだろう」
小助は新九郎が驚き過ぎて固まっていると勘違いする。新九郎も敢えて否定せずにいたのでその話はそれで終わった。
暫く歩いて行くと立派な門構えに枯草の吊るされている家が見えた。小助が迷いなく入って行くので、そこが薬屋であると新九郎も理解する。
「ほう。随分と立派な蔵が有るのだな」
敷地に入って行くと、立派な母屋は勿論の事、奥にある蔵も中々の大きさで新九郎は目を引かれた。
「御免! 御手前が多枝殿でいらっしゃるか」
「ええ、多枝は私で御座いますが、貴方様は?」
声を掛けて入って行った小助に、中にいた多枝は訝し気な表情を浮かべる。どう見てもこの辺りの客層ではない男が入りこんで来たので警戒もしているのであろう。
「失礼した。わしは小助じゃ。八之助の紹介でやって来た」
小助は木札を多枝に見えるように掲げる。それで漸く多枝の表情が和らいだ。
「御免なさいね。私ったらちょっと勘違いを致しましたわ」
悪戯っぽく笑う多枝に小助は心奪われている様子だ。しかし、新九郎にはそれが非常にあざとく見える。
「して、そちら様は」
「新九郎だ」
流し目を送って来た多枝に、新九郎は不愛想に名を答えただけだった。
「全く、多枝殿の魅力に、こやつは緊張しているようだ。それで、詳しい話を聞きたいのだが」
「もう、小助様ったら、お上手なのですから。一先ず奥へお上がり下さいませ」
空気が悪くなりかけた所で、小助が手助けに入った。そのまま上手く話題を本題へと戻す。
客間に通された新九郎たちに膳に乗った白湯が振舞われた。
「御免なさいね。こんな物しか用意できませんで」
「いや、突然押し掛けたのだ、白湯も馳走というものじゃ」
新九郎は多枝の言葉に違和感を感じてしまう。果たして、不意の来客に白湯が振舞えようかと。
「小助殿は白湯の加減が下手での。良い加減の白湯がすぐに出るとは幸せな事だ」
新九郎の言葉に多枝は思案顔になる。小助が何やら反論していたがその間も新九郎は注意深く多枝を窺う。
新九郎が疑心暗鬼のまま、仕事の詳細についての話し合いが始まろうとしていたのであった。
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