第6話 忘れ者と呼ばないで

 新九郎は手伝いとリハビリを兼ねて、庭で薪に斧を振っていた。はだけた上半身には生々しい傷が残っていたが、しっかりと塞がっているようで特に問題は無かった。


「小助殿、もう傷口の痛みも殆ど引きましたので、そろそろ仕事の手伝いも出来そうです」

 薪割りの手を止めて、一仕事を終え帰宅してきた小助に声を掛けた。

「ほう、『忘れ者』が一丁前の口を叩く。どれ、試してやろうか」

 嬉しそうにニヤリと笑った小助が棒切れを新九郎に投げ渡した。


「その『忘れ者』というのは、お止し願えないだろうか」

「だが、老耄と同じではないか。わしの田舎では『忘れ者』と呼ばれていたぞ」

 新九郎は自身が老耄で有るとは言われたく無いので、何度となく否定して来たが、その度に小助の軽口で有耶無耶にされてしまうのだった。


「五郎太殿は老耄とは違い回復する事例も多いと言っておりましたぞ」

「分かった、もしもぬしがわしをヒヤリとさせる事が出来たなら、老耄では無いと認めてやる。そうだな、ついでに『新九郎様』と呼んでやろう」

 新九郎と小助は同年代で背丈も同じ位なのだが、その体躯は雲泥の差だった。小助は傭兵稼業と自称するだけあって筋骨隆々なのである。一方の新九郎は引き締まっているものの線は細い方であった。


「では、参る!」

 小助は開始の合図をすると、間合いを詰めて棒切れを振り下ろした。

 初撃で腕力の差を見せ付けて戦意を削り、優位を万全のものにする戦法だ。

『ガゴッ』

 新九郎は棒切れを握り直して、それを受けた。だが、小助の思惑通りに弾かれてしまう。

 そこから小助は立て直す機会を与えない様に連撃を加える。一方的に攻め続けていた小助だったが、徐々に顔色は悪くなっていく。


 新九郎は防戦一方なのだが、小助の攻撃は全て棒切れで受けている。

「どんどん勢いが殺されていくな。くそっ」

 焦っていく小助と裏腹に新九郎は落ち着いていた。

「何だか、慣れ親しんだ感覚がする」

 新九郎は相手の棒切れを受けた瞬間に自分の棒切れを引いて見せた。小助は急に無くなった手応えに棒切れの勢いを止めることが出来なくなって、思いっきりバランスを崩してしまった。


『バコン』

「うぐぅ」

 隙だらけになった小助の後頭部に、新九郎の振り下ろした棒切れが命中して鈍い音を立てた。小助は白目を剥いて地面に突っ伏したのだった。

「やや! 済まない! 小助殿! 大丈夫か!」

「…………」

 ほぼ無意識的にカウンターを入れていた新九郎は、目の前で崩れていく小助を目にして現実と向き合った。彼は大いに焦って声を掛けたが小助の反応は無かった。


 頭を打っているので動かさない方が良いと思った新九郎はせめてとの思いで、突っ伏している小助を横向きに寝かせたのだった。

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