第5話 名は新九郎

 小助はまじまじと男を見つめた。

「その顔は、騙す気はなさそうだな。ともあれ、他の事が分かるのは僥倖だ。身元の導べになるやもしれん」

 今度は小助の眉間に皺が寄った。質問を考えているのであろう。


「ぬしは今の争いが、如何なる物か分かるかの」

「それは勿論です。花の御所内の権力争いに加えて、畠山家の家督争いが絡んで国を二分する争いになってしまいました」

 各勢力から各地の守護に動員が掛かっており、京の都には兵と争いが蔓延しているのである。

「そうだ。だから今、前線で傷付くものは、直接戦う位の低い武士殿もののふどのが殆どだ。そういった者達は粗野であるからな。ぬしみたいに、なまじ品が有るのは指揮官という事になる」


「成る程。指揮官ならば自身の位が高いか、位の高い公家様のお抱えか。しかも今は二分しているから敵方に知れようものなら」

 匿った罪に連座させられるのは火を見るよりも明らかだ。

「見方側であろうと油断はできんぞ。身内の不名誉の口封じに消される可能性もある」

 それを聞いた男の気分は沈んでしまった。自分のせいで場合によっては恩人の小助に迷惑が掛かってしまうかもしれないのである。


「まあ、可能性の話だ。先ずは傷を治せ。そしたら、わしがこき使ってやる。もし、ぬしが位の高い者だったらその時に今度はわしがこき使われてやる。それでわしも命が助かるって寸法だ」

 空気を読んだ小助が男を小突いた。その時に男の頭に痛みが走った。


『……様……新九郎様……』

 とても情愛の籠った優しげな女が男を呼んでいた。顔は朧げでハッキリとは思い出せないが、愛おしさが男の胸に込み上げて来たのだった。

「……し……ん……くろう……」

「んっ、何だ? 新九郎? それがぬしの名前か?」

 男の呟きを小助が拾った。


「分かりません。ただ、そう呼ばれていた様な気が致します」

「そうか、じゃあ一先ず新九郎で良いな。さっき言った通り、当面はここに置いてやる。衣食住の心配はしなくていい」

 小助が強面の見た目とは裏腹に、情に厚い優しい男である事が漏れ出てしまっていると新九郎は感じたのだった。


 それからは、数日おきに町医者の五郎太の往診を受けて新九郎は見る見る回復していったのであった。

 七日としないうちに立ち上がれる程までになった驚異の回復力を新九郎に見せつけられた時には、五郎太の方が立ち上がれなくなる程に狼狽していたのであった。

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