幕間 小太郎

第3話 神部小太郎の憂鬱

 先程まで新九郎たちが居た家に一人の男の姿があった。彼は蓑姿のまま、あちこちに指示を出している。


「小太郎様、御報告です。敵一名深手を負って川へと転落。恐らくは」

「この豪雨だ相当な濁流となっておろう。奇跡でも起こらん限り助からんだろうな。それより被害状況は」

 濡れ鼠の腹心の部下が、今回の依頼をとんでもない事にした張本人の顛末を報告した。それを聞いて、小太郎は伝令役の者に問い掛ける。

 

「弐の若、こちらは死者9名、重傷者7名、軽傷者6名です」

「そうか、追撃どころか自力帰還も難しいな。処理班を頼め」

 今回の任務は24名で当たった。本来ならば、その人数で簡単にこなせる任務だ。尊き者の暗殺などは、幾度となくこなしてきていたのだから。

 しかし今回は、怪我を負っていないのはここに居る小太郎と彼の腹心の部下の二人、加えて伝令役の一人だけしかいない。尤も、小太郎の指示でその伝令役も既に部屋を後にしていた。


「それにしても、思いの外腕の立つ者が居たとはいえ、こちらは随分と脆かったな」

「主の本隊が借り受けられれば、このような結果にはならなかったでしょうに。参の者の邪魔立てが無ければ……。やはり小太郎様も自身の隊を持たれるべきでは」

 腹心は悔しさを滲ませる。いつも難癖をつけて、参の者や肆の者に邪魔をされるのだ。


「今回の事もあの伝令が有る事無い事報告する筈です。よりにもよって小太郎様の事を番付で呼ぶとは」

「そうカッカするな。わしがで有る事は認めておるではないか。参の者の部下達が意固地になってるだけだ。そういう源太だってわしを『若』と呼んでいないではないか」

 小太郎は、揶揄い半分で腹心の部下の彼に対する呼び方を指摘すると共に、二人きりを良い事に名で呼んだ。


「全く……わたくしは貴方様に忠誠を誓っております。本来ならば『主』とお呼びしたい所なので御座いますが、我慢しているのではないですか」

「ははは、済まん済まん」

 軽口を交わした事で、随分と空気が軽くなっていた。


 伊賀の里でも上位の家の一つ、神部かんべの家は番付と呼ばれる序列が有る。

 頭目を壱、若頭を弐、以下、序列順に参、肆、伍、と続く。但し、壱と弐は特別である。頭目と次期頭目である若頭なのだから。

 頭目は『あるじ』もしくは神部家の頭目名『太郎』様とよび、若頭は『若』と呼ぶのが常なのだ。


 所が、小太郎は現頭目の養子で血縁関係が無い事から、下の者は機会が有れば取って代われると思っている者もいる。

 彼が上手い事取り入って、若頭にして貰ったとでも思っているのであろう。


 しかし事実は逆で、頭目が彼を若頭にしたのは、その才覚を認めたからなのだ。ただ、頭目が我が子の如く彼の事を可愛がっているから、そんな勘違いが起こるのであろう。


「では、我らも撤収といこうか」

「はっ」

 重傷者が全員運ばれたのを確認して、小太郎は腹心の部下と共に夜の闇に消えて行くのであった。

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