第2話 闇から闇へ

 今出川を逃がす為の時間稼ぎをしていた新九郎だったが、敵の数も多く時間と共に防戦一方となっていく。


「よし、はぁっはぁっ……時間は稼いだ」

 新九郎は取り囲まれながらも、何とか斬撃を防ぎつつ凌いでいた。充分な時間経過ののちに、隙を突いて勝手口から外に飛び出す。ここまでは、予定通りである。


 所が、ここで彼に不運が襲い掛かった。

 外はいつの間にか豪雨になっていたのだ。ただでさえ夜の森なのに、更に雨で視界は最悪となる。方向感覚も狂い、国境くにざかいの先の川へ幾ら走っても辿り着かない。流石に新九郎の顔にも焦りが浮ぶ。


「糞! 囲まれそうだ」

 幾名か討ち取ったとはいえ、敵はまだ多い。徐々に囲まれていき、新九郎は窮地に陥る。ただ、唯一の救いは雨で松明が使えない事だ。闇夜と森の木々を上手く使って囲まれながらも、一対一や一対二の状況を作り出して応戦していく。雨に阻まれ雨に救われる、得心し難い状況である。


「水音だ」

 夢中で斬り結び適当に移動していた新九郎だったが、なんとか川に辿り着けそうだと思いほっとした。

「もらった!」

 川に近付いている事で、新九郎の心に油断が生まれてしまう。その隙を相手も見逃さずに、二人同時で切り掛かかって来た。


 一人を斬り伏せ、返す刀でもう一人を斬り上げる。

「くっ、浅いか!」

 瞬間の豪雨だが、地面は予想以上に緩んでいた。ぬかるみで踏ん張りが利かずに、後の者に致命傷を与えられない新九郎は反撃を喰らう。

 袈裟斬りにされ、彼は左肩から右脇腹までを斬られた。傷口からは鮮血があふれ、切り裂かれた着物に血が滲む。熱いような痛みに意識も朦朧としてくる。


『キン!』

 目の前に刀が迫り、それを新九郎は反射的に刀で受けたが、力が入らずに倒れ込んでしまう。

 幸か不幸か新九郎が倒れた方向はちょっとした谷になっていた。彼は重力に従い斬り掛かってきた相手もろとも谷を転がり落ちて行く。

「ふっ、日頃の行いの差かな。それとも軍神の加護の賜物か」

 彼に斬りかかってきた相手は途中の木にぶつかり、足があり得ない方向へと曲がって、そのまま次の木に引っ掛かって止まった。頭もぶつけていたようで出血している。ピクリとも動かない、恐らくもう事切れている事だろう。


「だが、わたくしも似たり寄ったりだな」

 彼の耳には、濁流と化した川音がどんどん近くなるのが聞こえている。


『ドボン!』

 背中に衝撃を感じた次の瞬間に、新九郎は流れに巻かれ上下左右の感覚が曖昧になった。浮遊感と目まぐるしく天と地を入れ替わらせる回転を感じながら、彼は何とか抜け出そうともがくが手応えは無い。


「ぐふぁっ」

 遂に我慢し切れずに息を吐き出してしまった。代わりに吸い込むのは水ばかりで、空気が取り込めない彼は意識が次第に遠のいていく。


 そのまま闇に飲まれて行くのを止められない。そうして彼は、意識を手放したのであった。

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