伊勢乃新九郎物語
ふもと かかし
プロローグ
第1話 蒸し暑い細月の夜に
蒸し暑い夏の闇夜を照らすのは、頼りなさげな二日目の細月だけだった。
夜露を凌ぐ為に拝借した空き家の中で、元々頼りない月明りは重苦しい雲に覆われてしまい部屋は真っ暗闇となってしまう。そんな中無遠慮な足音が響いたと思うと、どんどんと近付いて来る。
「敵襲! 一大事に御座います! 敵襲で御座る!」
寝ていた男の部屋に、見張りの者が転がり込んで来た。男はすぐさま目を覚ますと、飛び起きて奥の部屋へ向う。
「今出川様、権中納言、起きてくだされ! 襲撃に御座います」
男は燭台に灯を入れながら声を掛ける。
「やはり、ここで仕掛けて来おったか。武蔵守の手の者も大した事がないの」
権中納言と呼ばれた四十過ぎの男は、座したまま瞑っていた目を見開くと、ニヤリと笑った。
「では、御両名は手筈通りに御出立下され」
「うむ。其方も足止めは四半刻も要らぬぞ。あと半刻も東へ進めば、我が勢力圏内じゃからな。お屋形さまが兵を引き連れて
権中納言は寝ぼけ眼の今出川を引っ張るように先導しつつ、勝手口より外に出て行く。
「敷地内に敵勢が侵入致しました。その数二十余名。如何なさいますか」
「むっ、想定より多いな。まあ良い、手筈通り進める。おぬしは先に行け」
あくまでも時間稼ぎなので多少の誤差は気にも留めずに、残っていた物見の者に笑顔を向ける。男のその顔に安心したのか、彼に一礼すると物見の者は去って行った。
「ふぅ」
一人部屋に残った男は一つ小さく息を吐くと、精神統一をしながら徐に刀を鞘から抜く。
「
軍神に祈りを捧げる事で精神を整える。集中した男は、折からの蒸し暑さも気にならなくなっていた。程良い緊張感と高揚感から思わず笑ってしまいそうになり、彼は慌てて口を引き結び敵を待ち構える。
『バタン』
丁度そこへ、障子戸を蹴破って敵勢が攻め入って来た。だが、燭台に照らされ仁王立ちする男の姿は不動明王の如く畏敬と畏怖を与え、彼らは一瞬怯み後ずさりする。
「ここから先へは進ません! 伊勢新九郎いざ参る!」
男は侵入してきた敵勢に、名乗りを上げると斬り掛かった。瞬時に一人を斬り伏せ、もう一人を蹴り飛ばす。返す刀で更に一人に深手を負わせ、近くに居たもう一人を肩で突き飛ばした。そこへ向かって来た一人の刀を払うと、横顔に肘を入れる。鼻骨が折れたのか、鼻血を垂れ流す者を足蹴にして突き飛ばした。
だが、敵も次々に部屋へとなだれ込んで来る。次第に数の利で押されて行き、新九郎は防戦一方になってしまったのであった。
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