第3話 遥子の祖父吾郎

 憲法改正後の木村家はギリギリの生活を余儀なくされた。典江は仕事に必死で遥子の事を余り構ってあげられなかったが、学業はクラスでトップ中学三年の時には生徒会長まで務めるなど責任感が強い子へと成長した。

 そんな遥子は今日で16歳の誕生日を迎える。誕生日はいつも母娘おやこ二人で出掛ける事にしていた。

「遥子、ショッピングモールでいい?」

「ショッピングモールは嫌だ」

 遥子は明らかに嫌そうな顔をして、即答で典江の提案を却下した。

「じゃぁ、どこならいいの?」

「人と余り関わらない所」

 遥子は人と会うのが憂鬱そうに、うつむき加減に小声で発した。典江は普段活発な遥子の憂鬱そうな顔に少し不安になった。

「おじいちゃんに会いたい」

 急に思い出したように典江の実父に会いたいと言う遥子に典江は少し不機嫌になった。隆二と離婚してから、一人で遥子を留守番させられず、夜の仕事の際は実家に預けていたが、嫌煙家の遥子は父親に会いたくない為、送り迎えに行く時しか顔を出さない。あんな父親に会いたいと言う遥子の気がしれなかった。しかし、娘が誕生日にあの人に会いたいと言う以上会いに行くしかなかった。


「おじいちゃん、元気?」

 実家に着くと、先程までの憂鬱な表情とは打って変わって、屈託のない笑顔で祖父に挨拶をした。

「誕生日おめでとう」

祖父の吾郎は煙草を口に咥えながら、手を上げて遥子の誕生日を祝った。

「ねぇ!お願いだから娘の前で煙草を吸わないでくれる?」

 孫とはいえ、余りにも失礼な態度に典江は語気を強めて注意をすると、吾郎は慌てて煙草を消した。

「おじいちゃん、別に煙草吸ってても良いよ」

 すかさず遥子が吾郎のフォローをするが、その優しさが勘気をこうむった。

「喫煙者は、社会のゴミなの!」

 部屋中に響き渡る声で典江は遥子を怒鳴りつけると家に帰ってしまった。

「おじいちゃん、ごめんね」

 遥子は吾郎に申し訳なさそうに謝った。

「すまんな、典江の喫煙者嫌いはワシのせいなんじゃ気分を悪くして申し訳なかった。誕生日プレゼント買ってなかったから買いに行こう。お詫びに好きな物何でも買ってやる」

「本当?私、ショッピングモールに行きたい!買いたい物があるの」

 典江に聞かれた時とは打って変わり、吾郎の袖を摘んで早く行こうと催促した。

「ちょっと待ってくれ、タクシーを呼ぶから」

 そう言うと吾郎は電話帳を取るために立ち上がった。

「車で行かないの?」

「あぁ、高齢者の事故が増えているから、運転は辞めた。最近は買い物に出掛けるのもタクシーじゃ」

 吾郎の住んでいる場所は、電車が通っておらず、若者達は街に出てしまい、高齢者の移動手段はタクシーがメインになっていた。

 「じゃから、交通費が掛かって仕方が無い。わしらの世代は年金がしっかり貰えるからええが・・・」

 吾郎は若い世代の老後を心配そうに憂いた。

「私が免許を取ったら、おじいちゃんを乗せてあげるね」

 遥子も大人になれば街に出てしまい、わざわざ送り迎えなど億劫おっくうになってしまい会いにも来なくなるのは分かっていたが、その優しさに涙しそうになった。




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