第30話 決戦! ヨハネスVSアビル 中
「パンネロ殿、拙者の後ろにッ!」
北のメインストリートへアビルが贖罪の剣を振り下ろせば、すべてを奪い去る強欲な風が吹き荒れる。
「うわぁぁあああああああああああああああああああああああああああッ!?!?」
風の音とは思えぬ轟音が、またたく間に人々の悲鳴をかき消していく。
煉瓦造りの建物は一瞬で吹き飛び、誰もが絶望と呼ぶべき光景に為す術がない。
「もう終わりだァッ!」
「神さまッ!」
しかし、不意に誰かの祈りが神に届いたのか、風の猛威がパタリと止んだ。
「……?」
頭を抱え、舞い上がった瓦礫の山に押し潰されると誰もが絶望していた――のだが、宙に舞い上がったそれらが2秒経過しようと3秒経過しようと一向に降ってこない。
おかしい。
何かがおかしい。
そう思って恐る恐る頭上を見上げた人々は、腰を抜かさんばかりに驚いた。
「なんだ、これ?」
「止ま……ってる?」
「何もかもが宙で止まってやがるぞッ!?」
それを奇跡と呼ぶ以外に彼らは言葉を知らない。ただ一匹を除いては。
「重力変化とはッ、さすがは魔王さまでござる!!」
神の御業とも呼ぶべき力に敬意を払う煙狼は、お行儀よくお座りして空を見上げる。
その視線の先には神々しい純白の翼をはためかせた、華奢な少年が一人。すべてを飲み込んでしまいそうな闇空のなか、きらきらと光輝く一番星のようなブロンドの髪を風になびかせ、威風堂々翼を広げていた。
「天使さま!?」
「ああ、何と美しい……」
「あれは間違いなく大天使さまだ!」
「神が、天使さまが我々をお救いくださったのだ!」
先ほどまでの絶望が嘘のように、人々は史上の幸福と感涙する。もはや敵味方問わず、誰もが流れ星のような金髪碧眼の天使に祈りを捧げていた。
「よく聞きなさい! あの御方こそがエンヴリオン帝国第7皇子――」
お仕着せに身を包んだ者たちを先導する亜麻色の髪の少女は、声高らかに宣言する。
「ヨハネス・ランペルージュ殿下なのです!」
止めどなくあふれる涙を流しながらも、パンネロはカオストロス中に聞こえるほどの大声で叫んだ。
「見なさい! 私のこの目をッ! 4ヶ月前に失った左目を、殿下は神のみわざで治してくださったのです!」
不格好な前髪を持ち上げたパンネロは、隠れていた左目を人々に見えるように見開いた。
美しくも凛々しく、花のような彼女の素顔に、人々は息を呑み、呆然と少女を眺めた。
「パンネロさまのいう通りです。わたくしたちは昨夜奇跡を目の当たりにしたのです」
「もう畏れることなどありません。ヨハネス殿下が我々をお救いくださるのです!」
「我々には大天使ヨハネスさまがついているのですッ!」
パンネロに感化された侍女たちも、口々にもう安心だと唱えはじめる。その顔は涙に濡れていたが、とても誇らしそうに微笑んでいた。
「あれが……あの御方がパンネロお嬢さまたちを第5皇子から救いだし、奇跡の技でその傷を瞬く間に治したという神の使者!」
「俺たちを救いに来てくださった天使さま!」
「さあ! 皆で大天使ヨハネス殿下に声援を送るのです!」
町からは狂拝とも呼ぶべき怒濤のヨハネスコールが巻き起こる。
「「「ヨハネス、ヨハネス、ヨハネス、ヨハネス、ヨハネス、ヨハネス、ヨハネス、ヨハネス、ヨハネス、ヨハネス、ヨハネス、ヨハネス、ヨハネス、ヨハネス、ヨハネス、ヨハネス、ヨハネス、ヨハネス、ヨハネス、ヨハネス!!」」」
そして、パンネロはここぞとばかりに隠し持っていた御旗をアビルへと掲げた。
お前などもう怖くないと、睨みつけた。
「我ら、正義の旗のもとにッ!」
御旗には第7皇子ヨハネス・ランペルージュを象徴するかのように、美しい天使の刺繍が施されていた。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」
それはパンネロたちが一晩かけて作り上げた決起の旗、決意の証だった。
「うるさぁぁああああああああああああああああああああああああああいッ!!」
端女と罵っていた少女の反抗的な眼に、苛立ちを爆発させるのは悪魔と化したアビル。
御旗を掲げる少女も、そこに集う町の住民たちも気にくわなかったが、気がつくと部下であるはずの兵たちまでもがそこに加わっていたこが、アビルの怒りに油を注ぐ。
「どいつもこいつも俺をバカにしやがってぇッ!」
この時のアビルにはもう、町のすべての人間が不倶戴天の敵にしか見えなくなっていた。
「なんでいつもお前ばっかりッ……!」
自ずと怒りの矛先は、白い翼を広げては立ちはだかるヨハネスへと向けられる。
「精霊さん凄すぎですよ! 物を浮かせちゃうなんて!」
『ゼハハハ――このような場合は通常
「よく分からないけど凄すぎるです!」
『つーか顔、そのにやけ面なんとかしなさいよね。気持ち悪いのよ』
鼻の穴を膨らませてにやにやするフラムを横目に、ユイシスはうんざりした様子で肩をすくめる。
『喧しいわァッ! それより
こくり頷いたヨハネスだったが、宙に漂う瓦礫や人々に目を向け疑問符を浮かべる。
「でも、これどうするですか……? このままだとそのうち魔法の効果が切れて、瓦礫も人もみんな落ちちゃってぺちゃんこになっちゃうですよ?」
『ゼハハハ――問題ないッ!』
自信たっぷりに豪語するフラムは、魔石の中で魔力を練り上げた。
すると、聖魔剣の切っ先から目が眩むほどの光が放たれる。
『
闇空に巨大な魔法陣が展開されると、そこからブラックホールのような黒き渦が出現する。
渦はあっという間に瓦礫だけを吸い込んでしまった。
「さすがは魔王さまでござる!」
ゆっくりと地面に降り立つ人々。
同時に暗闇に染まった空から一条の光が降り注ぐ。
暖かい光が町全体を包み込むように照らし出せば、傷ついた体からすっと痛みが消え去っていく。広範に亘り展開された聖光魔法が人々の傷を癒やしたのだ。
「凄いです! 本当に精霊さんたちは凄すぎるです!!」
立て続けに起こる奇跡に湧きあがるヨハネスと人々。
そんな彼らとは対照的に、獰猛な獣のように牙を剥き出しにした悪魔が、今にも天使の
「お前さえいなければッ! 貴様さえこの世に存在しなければッ………殺してやるッ!!」
アビルは獲物を狙う鷹のように翼を広げて加速する。
「ヨハネェェエエエエエエエエエエエエエスッッ!!」
大きく振りかぶった剣身が細首めがけて振り抜かれた――その刹那。
「――――!!」
アビルの脳内に大鐘楼のような凄まじい打撃音が鳴り響く。
直後、中央広場にて何かが爆発した。
「あらあら。何ですの…………っ!?」
何事かと巨大なクレーターを覗き込んだモルガンは、砂埃の中にありえないものを発見してしまう。
「………へ?」
彼女は思わず絶句していた。
「ありえないッ!? ……不完全とはいえ
大きく陥没した穴の中心には哀れな姿のアビルが一人、うつ伏せの状態で手足をピクピク痙攣させていたのだ。
「あれは……本当にただの人族なのッ!?」
見上げた頭上には、キョロキョロと辺りを見渡すヨハネスの姿があった。
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