第28話 師弟VSアブレット
「ロザミア……どうして、なぜ来たんじゃバカ者ッ! 相手は第5皇子なんじゃぞ! 聖光教会なんじゃぞ! 取り返しのつかんことになるということがなぜ分からんッ!」
「説教なら、あとで聞く。死んだら、説教も聞けない」
「なっ……」
あっけに取られるマルコスの側で、戦斧を受け止めたロザミアの顔が苦痛に歪む。
娘と大男では膂力と体格差がありすぎるのだ。
「な、なんだあの女はッ!?」
突然現れた軍服姿の女に、アビルは癇癪を爆発させていた。
ロザミアは死刑執行の時こそ師匠を救出するチャンスだと考え、帝国軍人に扮して警備兵に紛れ込んでいたのだ。
「構わん! 二人まとめて殺してしま――ってなんだこの光はッ!?」
指先から発せられた
この場にいる誰もがその少年に目を向けた。
「僕を忘れてもらっては困るですよ!」
豪胆と、高らかにヨハネスの声が響き渡る。
「天使さま!」
「ヨハネス殿下!」
ヨハネスの援護にロザミアは感激に瞳を輝かせ、マルコスは敬意を払うように頭を下げた。
「あらあら。まぁまぁまぁ。面白くなってきましたわね」
相変わらず楽しげなモルガンとは違い、堪忍袋の緒が切れたアビルがやつの名を叫ぶ。
「アブレ――――ット! そこの二人をぶち殺せッ!!」
「イエス・ユア・ハイネス!」
待機していた長身痩躯の男――アブレット・ブルータスが兵を押し退けロザミアとマルコスの前に立ちはだかる。
「お師匠、これ」
素早くマルコスの枷をレイピアで斬ったロザミアは、これしか持って来れなかったと、申し訳無さそうに短剣を手渡した。
ロザミアは潜入のために魔具のほとんどを町外れに置いてきていたのだ。
「十分じゃ。このマルコス・クレイジー、得物ごときで若造に遅れはとらんッ!」
勇ましく吠えた師匠の姿に、弟子の娘は「カッコいい」と憧憬の眼差しを向ける。
「若造とは言ってくれますね。私は貴殿らの、そのモンブランのように甘い師弟関係に反吐が出そうなところでしたよ。あの村で殺し損ねた時からずっと……」
「ふんっ、小便垂れ流して泡吹いとった奴がよう言いよるわ。それとも単にしょっぱいのが好きなだけかぁ? ならばおとなしく自分の股間でもチューチュー吸うとれぇッ!」
「それは器用。器用な変態罪、適応!」
ドスの利いた声で啖呵を切る老人と、真顔で変態呼ばわりしてくる小娘に、アブレットは青筋を立てながら激情に身を震わせては、繰り返しぶつぶつと何かを呟いた。
「漏らしてないッ漏らしてないッ漏らしてないッ漏らしてないッ漏らしてないッ漏らしてないッ漏らしてないだろうがァッ!」
訂正しろと憤怒に燃えるアブレットが、
「勝手に脚色するなァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
凄まじい気迫でマルコスへと突っ込んでくる。
そこから目にも留まらぬ刺突を繰り出した。
「相手になってくれるわッ!」
それを迎え撃つ形で目を見開いたマルコスは、一歩も退くことなく繰り出された連擊をすべて紙一重で躱している。
「なっ、なぜ当たらんッ!」
「単純な挑発で短気を起こすとは、お前さんもまだまだ青いのぉー。こうも殺気が漏れていては、暗に避けてくれと言ってるようなものじゃろ。それとも、お漏らしはお前さんのお家芸かのぉ?」
「黙れッ! くそっ、なぜ、当たらんッ! 貴様らもぼさっとしていないで取り囲めッ!」
苛立ちを隠せぬアブレットが部下たちに指示を出すと、得物を手にした軍勢が雲霞のごとく処刑台の周囲を取り囲んでいく。
「お得意の多勢に無勢戦法か? 卑怯な上に芸がない奴じゃのぉ」
「権力のッ、部下のいない者の負け惜しみにしか聞こえんなァッ!」
「千の部下より一人の愛弟子じゃよッ!」
兵が処刑台を取り囲むより先に、ロザミアはレイピアの切っ先を台の縁に走らせ勢いよく火花を舞い上げた。そのままぐるりと死刑台の縁に沿って駆け抜ければ、
「切断完了。世界を、隔離するッ」
放たれた燐光がまたたく間に死刑台を鳥籠のように包み込み、辺りは一瞬蜃気楼のように揺らめいた。
「なんだこれ?」
「どうなってんだ!?」
「なんでこっちに来ちまうんだ!?」
さすれば戸惑いの声があちこちから聞こえてくる。
「お師匠の傑作、涅槃刺突!」
処刑台はたしかに見えているのに、兵たちは誰一人としてそこに近付けないでいた――否、近付いた矢先、気がつくと反対側にすり抜けてしまうのだ。
「ようやったわ!」
誇らしげに涅槃刺突の切っ先を天に翳す弟子のロザミアに、師匠のマルコスは満足そうに口端を持ち上げた。
「あの小娘、一体何をしたァッ!」
「わしが造った涅槃刺突には空間魔法術式が定着しておってのぉ、こいつはプログラムした技の一つ、無為じゃ!」
「無為……なんだそれは?」
「博識のない奴じゃのぉ。無為とは不生不滅のことじゃよ。つまりは何ものも生ぜず,また滅びぬ。それは絶対に触れられぬということでもある。言い換えるならば、今より
「……っ。要は小賢しい結界ということか。であるなら、小娘から始末すればいいだけのことッ!」
魔具による結界術は使用者の魔力を魔鉱石に注ぎ続ける必要がある。そのことから使用者の死亡、あるいは意識の喪失、または一定時間経過による能力の解除が一般的とされている。
しかし一定量の魔力を流し続けなければならない結界術は、使用者が無防備になりやすいという欠点があった。
「食らいつけッ、薙蛇刀!」
後方へ跳躍したアブレットが得物を大きく横薙ぎに払うと、ジャラジャラと奇怪な金属音を響かせながら、刀身がロザミアに向かって飛んでくる。
切り離された穂の後部には鎖が付いており、柄部分と繋がっていた。
「ローザを、なめないで! ……っ!?」
首筋めがけて飛んできた刀身をロザミアが涅槃刺突で弾き返すと、アブレットはいやらしく口元を歪める。
「ざんねん」
瞬刻――穂が、鎖が生き物のように独りでに方向転換するれば、ロザミアの周囲を縦横無尽に飛び回りはじめる。それは文字通り蛇のような動きで、ロザミアを翻弄し始めた。
「切り刻んでミンチにしてくれるわァッ!」
「そうはさせんッ!」
甲高い音に併せて火花が舞い上がる。
マルコスはロザミアの背後から襲いくる刀身を短剣ひとつで跳ね返した。
「長くても1分ッ! この手の技はそれ以上継続して発動することができんはずじゃ。それを過ぎたらリキャストタイムに入る。そうなれば攻守逆転じゃ!」
「それまで耐える。お師匠と一緒なら、きっとやれる!」
「よし、スイッチじゃ!」
師匠と弟子は互いに背中を預け合い、阿吽の呼吸で前後を入れ替えていく。四方八方から襲いくる刃と正面から向かい合う形になるように、二人は絶妙な足運びで火の粉を舞いあげた。
「長くても1分だとォッ? その1分が戦場では永遠にさえ感じられることだろうッ!」
「1分は1分。60秒後に勝つのはローザたち」
「ほざけぇ小娘がァッ! その傲慢な鼻をへし折ってくれるッ!」
「すぐにカッカするのはお前さんの悪いところじゃな。若い娘ッ子になじられることをご褒美と思えん心の貧しさも、恥じる必要があるの」
「どっちがだァッ! すぐにその無駄口叩けなくしてくれる!」
無為を維持するために神経を注いでいるロザミアをフォローすべく、マルコスは出来る限り自分が刃と向かい合う形になるよう工夫して戦闘を行っていた。
「クソッ、なぜ弾かれるッ! なぜ当たらんのだッ!」
「右上、次は左下じゃ!」
「バ、バカなッ!?」
攻めあぐねるアブレットは焦燥に駆られていた。
(薙蛇刀の軌道が完璧に読まれている!? ありえん!? そんなことあってなるものかッ)
技量定着術式が施された薙蛇刀は、自身の魔力を魔鉱石に流すことで鎖を操るというもの。その際、鎖を操作するために魔鉱石を通した魔力が鎖に流れ込む。その流れを追うことで、マルコスは薙蛇刀の軌道を読んでいたのだ。
「そんなッ、どうして……なぜ私の薙蛇刀がこうもあっさり弾かれるのだァッ!!」
「お前はお師匠を、世界一の
「こんな老いぼれと小娘にッ、認めない。私は認めませんよ!」
「お前が認めなくても、10秒後にはお師匠が勝つ!」
アブレットは加速的にイライラが増した。そして徐々に心が重苦しくなっていく。
「……っ」
やがてロザミアが宣言した10秒が過ぎた頃、
……カランッ。
音を立てて動かなくなった刀身。
それを目にしたアブレットは、嵐のように激しく動揺した。
「――――!?」
「こんな老いぼれにも、何をしてでも守るべきものがあってのぉ……」
アブレットは喉の奥から熱い何かが迫り上がってきて、うまく呼吸ができなかった。苦しくなって視線を下に向ければ、懐に入り込んだ鋭い眼光の老人と目が合う。
「あ゛あ゛ぁ〝……ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」
彼の右手が握りしめる短剣が自身の胸部に深々と突き刺さっているのを目にしたアブレットは、途端に戦慄する。声にならない声で真っ赤な血を吐き出し、この世のものとも思えぬ断末魔を響かせた。
「刃を交えるということは、哀しくも互いの死神になるということじゃ」
「だぁ……ずぅ、げぇ……ごぶぅぉッ、ごぼぉッ……」
「お前さんの死神であるわしにできることは、せめて一思いに送ってやることだけじゃ」
「ぞ……ぞんなぁ」
マルコスが短剣に魔力を込めると、アブレットの皮膚が数百年の時を経たように干からびていく。瞬く間に硬化した皮膚が木肌に変わると、長身痩躯の男が処刑台に根を生やす。
それはかつて飢餓に苦しむ村を救うため、一人の若き
「たった一度で壊れる欠陥品じゃ」
手の中で砕け散る短剣を、何ともいえない表情で見つめるマルコス。
命が林檎の木に変わる。
そんな奇妙な光景に堪らず息を飲むロザミアは、一瞬ぶるっと身を震わせた。
恐ろしいものを目の当たりにした数多の兵は、次々と腰を抜かしていく。
少し離れた場所からそれを見ていた黒ずくめの女は、何かを懐かしむようにうふふと笑った。
大木となった男を見上げ、次いで二人の無事を確認したヨハネスは、安堵のため息を吐き出した。
――直後、少年の背後から憎しみに燃える男、アビル・ランペルージュが牙をむく。
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