第27話 形勢逆転!? ハメられた第5皇子

 公開処刑当日、客間で夜を明かしたヨハネスは、窓から朝焼けに染まるカオストロスの町を一望していた。


 昨夜、食事を終えたヨハネスはパンネロたちにマルコスの居場所を尋ね地下牢へ向かったのだが、そこにマルコスの姿はなく、すでに別の場所に移されたあとだった。


「ロザミア、無事ですかね」


 娘の身を案じるヨハネスの元に、ノックの音が飛び込んだ。


 やって来たのは黒ずくめの女――モルガン・ル・フェである。


「あらあら。朝から黄昏ていらっしゃるのかしら? お可哀想な皇子さま」

「何の用ですか?」

「まぁまぁまぁ。つれないのですわね。せっかくの晴天だというのに」

「用がないなら一人にしてください」

「うふふ。表に馬車を待たせておりますわ。処刑会場へ移動のお時間ですことよ、殿下」


 窓の外を見つめたまま大きく息を吐き出したヨハネスは、振り返り決然と歩き出す。その傍らで少女のように肩を弾ませる女が、ヨハネスをさらに不愉快な気分にしていく。


「そういえば、昨夜メイドたちが全員揃っていなくなってしまいましたのよ。殿下は何かご存知ではありませんこと?」

「昨夜ここへ来たばかりの僕が知るわけないじゃないですか」

「あらあら。地下牢にまで案内させるほど親しくなっておいて、嘘がお下手ですこと」

「――――!?」


 なぜ知っているのだと驚きで肩が跳ね上がってしまいそうになるヨハネスを一瞥した女が、嬉々とした声音で続ける。


「あの銀髪の女性、ヴァイオレットと言いましたか? とても殿下を慕っていたそうで」

「あなたのような人にヴァイオレットの名を口にして欲しくはありません」

「あらあら。ちなみに、殺したのはわたくしですのよ………!?」

「――――」


 ピタッと足を止め、睨み殺すような目つきで凄まじい殺気を放つヨハネスに、女は見惚れるように頬に手を当てる。それから緩慢な動作で海草のように揺れた。


「ああぁんっ、いいッ! いいですわ殿下! わたくし堪らず子宮の辺りかゾクゾクしちゃいましたわ! ショタに目覚めてしまいそうですわ! これぞまさにエクスタシーですわね!」


 蒼く燃える冷徹な目に射抜かれ半狂乱する女に、


「はよしなはれ!」

「……っ」


 興を削ぐような司祭のざらついた声が突き刺さる。

 たちまち肩を竦めて残念そうに嘆息するモルガン。


「わたくしとしたことが取り乱してしまいましたわ。まだ殿下には少し早かったですわね。ちなみに冗談ですわよ。わたくし、ヴァイオレットさんを殺してなどいませんから」

「……」


 ヨハネスは無言で普通の馬車に乗り込んでいく。


 つれないですわねと呟いた女は、上機嫌で肩を揺らしながら豪奢な馬車へと乗り込んだ。


「これから死にゆくまぬけとの会話がそんなに愉快か、気が知れん」

「これから死にゆくまぬけ……うふふ。それもそうですわね」


 アビルの問いかけに頷いたモルガンは、黙って窓の外に目を向けた。


「まぁまぁまぁ」


 完全に人の気配が消えた町を眺めるモルガンは、ベールの下で不敵な笑みを浮かべる。


(あらあら。果たしてまぬけとは誰のことなのかしら? うふふ)


 アビルを乗せた馬車が町の中央広場に到着すると、


「これは一体どういうことだァッ――!!」


 広場を見渡したアビルが雷のような激しい怒りの声を轟かせた。


「町の連中は今日がこの俺の定めた公開処刑の日だということを知らんのかァッ! あぁッ!? 貴様らはちゃんと町のまぬけ共に伝えたんだろうな、どうなんだァッ!!」

「も、もちろんです! 町の者たちには今日は広場に集まるようにと……」

「どこにいるッ! 貴様の目には見えると申すかッ! 一人もおらぬではないかァッ!!」


 迷宮での暗殺が失敗に終わったアビルには、ヨハネスを殺害するための正統な理由が必要だった。そのためには広場に市民を集めた上で、大々的にヨハネスを異端に仕立てあげ、正統性をもった上で兄弟殺しの掟を破る必要があったのだ――が、生き証人となるはずの住民が一人もいないという事態に、アビルは憤怒に燃えていた。


「ふざけるでないわッ!」


 詰問すべく近くにいた帝国軍人の胸ぐらをつかみ取るアビルだが、男も何がなんだかさっぱり分からない。事態を把握できずにいた。


 人で埋め尽くされるはずの中央広場は、まるでもぬけの殻と化していた。


「ご報告しますっ!」


 そこに別の兵が血相を変えてやって来る。


「現在一部の兵が町の北側で交戦しているとの報告を受けております! 戦闘を行っているのは武装した町の住人とのことです!」

「は? ……え、なにッ!? 町の住民たちと交戦だと!? この町のバカどもはこの俺に、皇子に逆らったとでもいうのかッ!」

「いえ、それが……その、住人たちは口々に意味不明なことを口にしているとのことでして」

「意味不明なことだとッ!?」

「公開処刑とは体よく住人を広場に集めるための嘘で、本当は第5皇子がロール子爵のように住人を、この町の者たちを一人残らず粛清しようとしているのだと……」

「な、なんだそれはァッ!? デタラメだッ!! 誰がそんなことするかァッ!!!」

「しかし住人たちは自分たちを助けてくださるために第7皇子がこの町に来てくださったのだと、意味不明なことを繰り返し口にしているらしいのです!」

「……なんだ、と?」


 そこでようやく、アビルは馬車から降りた人物に、この事態の仕掛人に顔を向けた。



「き・さ・ま・かぁぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!」



 真っ赤になって大激怒するアビルの絶叫に目もくれず、ヨハネスは精悍な顔つきで処刑台を見つめている。そこには手枷足枷を付けられた老人が傷だらけで膝をついていた。


「……マルコスさん」


 目が合った少年がにっこりと微笑めば、老人は驚きのあまり息を飲んだ。


「なぜ……じゃ」


 まさか敵の罠と知りながら、第7皇子が自分のためにやって来るとは思いもしなかった。


 狼狽える兄と覚悟を決めた弟を交互に見やるモルガンは、実に楽しげな様子で揺れている。

 そんな呑気な彼女に、アビルは火を吐くように吠えた。


「貴様ちゃんとあのボケを見張っていたんだろうなッ!」

「ええ。ええ。一晩中見張っていましたわよ。彼だけをずっと」


 空を指差したモルガンの頭上には、黒い鴉の群れが輪となって飛んでいた。


「ヨハネス殿下は屋敷からは一歩も出ておりませんわ。それは間違いありませんことよ」


 こくり頷くモルガンを見たアビルは、ではどうやって町の連中をと思案する。

 やがてアビルの脳内にはある人物が浮かび上がる。


「まさかッ!? ……やつはッ」


 アビルはその人物の名を、怒鳴り散らすように口にした。



「パンネロはどこにいるッ!!」



「彼女でしたら侍女たちと昨夜から姿が見えませんと、そうお伝えしたはずですよ?」


 非力な娘一人に出し抜かれたことが、アビルの矜持を傷つけた。


「あいつかぁぁあああああああああああああッ!!」


 劣等感の塊のようなアビルにとって、端女同然の娘に謀られたことが何よりも許せなかった。


「あの女をッ、パンネロをすぐに探し出せッ! それと住民も一人残らずッ、引きずってでもここへ連れて来い! 抵抗するものは殺しても構わんッ!!」

「そ、それが……」


 怒鳴りつけるように指示を飛ばすアビルに、帝国兵はバツが悪そうにうつむいた。


「なんだァッ!」

「住人が魔物を飼っておりまして」

「は? ……魔物を飼っていただぁッ!? そんなものとっとと蹴散らせばよかろう!」

「それがそういうわけにもいかないと言いますか。その……」

「鬱陶しい! はっきりと申さぬかァッ!」

「報告によると100名で組んだ隊が、一匹の魔物にあっという間に殲滅させられてしまったというのです!」

「一匹だとッ!? そんなバカな話があって堪るかッ!! 貴様らはドラゴンとでも戦っているとでもいうのかァッ!」

「いえ、しかしッ! 報告によると魔物には一切の物理攻撃が効かず、まるで煙のようにすり抜けてしまうらしいのです! ならばと魔具による上級魔法を試してみたらしいのですが、拙者に下級魔法など効くわけないでござろうと、鼻で嗤われてしまったとか……」

「なっ!?」


 天地がひっくり返ってしまったような驚きに、アビルは口をパクパクさせていた。


(上級魔法を定着させた魔具が下級だと!? 何を意味のわからんことを言っている。おまけに物理攻撃が効かない!? ふざけるなッ! そんなものは幻術系の魔具を使っただけのトリックにすぎん。神話の時代にいたとされる幻獣ではあるまいし、馬鹿馬鹿しい)


「アビル殿下、これはどないなっとりますんやぁ? これでは話がちゃいまっしゃろ」

「うるさいッ! 今はすっこんでろクソジジィ!」


 戸惑う司祭が第5皇子の肩に触れると、混乱したアビルが暴言とともに彼を突き飛ばした。


「なっ!? 司祭であるわすになんてことを、これは神を冒涜する行為やいうことが分かっとりますんかぁ? 事と次第によっては異端審問にか―――うぅっ……なん、でぇ……!?」

「黙れと言っておるだろうがァッ!」


 頭に血が上ったアビルは、ごちゃごちゃと囃し立てる司祭をめんどうに思い斬り捨てた。


「あぁッ、クソッ!」


 抑えられぬ苛立ちに、髪を掻きむしるアビル。


「あらあら、まぁまぁまぁ」


 自分の思い通りにならなければすぐに激高する第5皇子に、モルガンは呆れながらもどうするのかと尋ねる。するとアビルは計画を立てたお前が悪いと言い放った。


「どの道貴様が立てたクソみたいな計画は破綻していた。であるなら司祭など邪魔なだけだ」

「あらあら。しかし聖光教会の司祭を殺したことが知られればお立場が……」

「問題ない。司祭と町の連中はジジィを助け出そうとしたヨハネスによって殺されたことにすればいい。俺は狂人を止めるため、やむを得ず皇族殺しの掟を破った英雄となるのだ」


 我ながら完璧なシナリオだと高笑いを響かせるアビルは、処刑台のマルコスに顔を向けた。


「執行人! もういい、そこのジジィをさっさと始末しろッ!」

「マルコスさん!?」


 傍らに立っていた執行人が戦斧を振り上げると、マルコスは諦めたように瞼を閉じた。


 刹那、けたたましい金属音が頭上で鳴り響く。


 次いで聞きなれた鈴のような声音が花火みたく老人の頭上でパッと光る。

 目を開けると、そこには少し逞しくなった弟子の姿があった。


「お師匠、助けに来た!」

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