第24話 カオストロス
ロザミア・アルフォートから遅れること十数時間、ようやくヨハネスたちも港町――カオストロスの関所門が見える位置までやって来ていた。
「もう……限界でござる」
『何たるザマかァッ! 貴様それでも俺さまのペットかッ!』
『いやいやいや、丸一日走りっぱなしだったのよ! そりゃ疲れ果てるわよ!』
「面目ござらん」
馬で一月以上かかる道のりを、彼女は走って、それも丸一日でやって来たのだ。
さすがの煙狼フェンリルといえど、その疲労は計り知れない。
「神さまも空を飛べたら良かったですね」
『まったくだッ!』
「拙者、空を飛べるように頑張るでござる」
『ちょっとやめなさいよ! 落ち込んじゃったじゃない! つーか頑張ったって飛べないから! 努力でどうにかなる問題じゃないのよ』
人型に擬態し、空腹でぐったりするフェンリルの隣で、ヨハネスは町の城壁を見上げていた。
「何とか気づかれずに町に入れないものですかね?」
『なぜコソコソしなければならんのだァッ! 堂々と関所から入ればよかろうッ』
『あんたって本当にバカね。この町はアビルって奴の息が掛かってんのよ? 関所なんて通れば一発でこっちの動きがバレるじゃない』
『バレるとなぜダメなのだ? 手っ取り早く叩きのめせてよいではないかッ』
『だからバカだっつってんのよ。町にはアビルだけじゃなく帝国軍もいるのよ? それもアビルの息が掛かった軍がね。そんな中をバカ正直に正面から乗り込んでみなさいよ、あっという間に取り囲まれてしまうじゃない。まぁそれでもあたしとあんたが居れば気にすることではないけど、問題は無関係の市民にまで被害が及ぶ可能性があるってことよ。あたしはあんたと違って勇者なんだから、そんなことは絶対にさせないし、許さないからっ!』
その通りだと頷くヨハネスは、皇帝が定めた兄弟争いの掟を破ることを決意はしたが、無関係の者を巻き込むことを良しとした覚えはない。ゆえに策を講じる必要があった。
『これだから非力な
月を見上げながらどうしたものかと思案していると、ヨハネスの頭上を不気味な黒い群れが飛びまわる。
カァーカァーと半鐘のように鳴きわめく鴉にヨハネスが不吉だなと思えば、関所から軍服に袖を通した兵隊が決壊した川のように次々と飛び出してくる。
あまりの迫力にあっけに取られていると、兵隊たちはあっという間にヨハネスたちを取り囲んでしまう。
『とっくにバレているではないかァッ!』
『なんでバレたのよ!?』
「さっぱりわかりません」
「腹が減っては戦はできぬでござる」
途方もない数の軍勢にあたふたするヨハネスの前に、指揮官らしき恰幅の良い男が歩み出てきた。
「ヨハネス・ランペルージュ第7皇子とお見受け致します。我々はアビル皇子の命により、ヨハネス皇子をお迎えに参りました。さぁこちらへ、アビル皇子がお待ちです」
敵であるはずのヨハネスに丁寧すぎる対応をとる男は、人によっては慇懃無礼な態度に映るだろう。男が率いる部下たちも、指揮官に似た性格の悪さが顔ににじみ出ていた。
『ちょっとこれはどういうことよ!? なんであたしたちが敵に招待されてんのよ!?』
『そんなものは罠だからに決まっておるだろッ!』
すぐに剣を抜いて戦えというフラムに対し、ヨハネスはそれをきっぱり拒否する。
「嫌です」
『なっ、なにを言っておるのだ貴様はァッ!?!?』
魔石の中のフラムを一瞥したヨハネスは、小さく首を横に振っていた。
少年のまさかの返答に、フラムは顎が外れてしまうのではないかと思うほど驚いていた。
やがてヨハネスの言動に怒りが湧き上がってくる。
『貴様ッ、血迷ったかァッ!!』
ふざけるなと立ち上がるフラムは、怒りからその場で足を踏み抜いた。凄まじい魔王覇気を全身から迸らせる大男が、少年をこれでもかと睨みつけている。
しかしヨハネスは冷静に、魔石のなかの二人にしか聞こえないように小さな声で語りかけた。
「話し合えるなら話し合ってみるべきだと思うんです。実際、僕も兄上には聞きたいことが沢山ありますから」
決然とした態度で言いきった。
決意に満ちたその表情は、梃子でも動かないと書いてあった。
第一、ヨハネスには下手に動けない理由がある。
行方不明のヴァイオレットがアビルの人質になっている可能性がある以上、ヨハネスには考えなしに動くことができない。
もしも彼女を盾に使われれば、少年にはどうすることもできないのだ。
マルコスを救い出し、アビルと決着をつけるためにも、まずはそこをクリアにしておかなければならない。
ヴァイオレットの無事と居場所を突き止めてしまえば、あとはこちらも動きやすくなるのだから。
(上手くいけばヴァイオレットを救えるかもしれません)
ヨハネスは指揮官の男に向かって大きく頷いた。
「わかりました。では、兄上の元に行きましょう」
『愚か者めがァッ!』
全身から魔王覇気をぱちぱち発しながら苛立つフラム。対してヨハネスは相手の懐に入れるのならば、まさに千載一遇のチャンスだと拳を握りしめていた。
空腹に項垂れるフェンリルと共に、ヨハネスは
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