第23話 職人と魔女

 陽が昇る前に港町――カオストロスにやって来たロザミアは、中央通りの壁に貼られた張り紙に足を止めている。


 張り紙には【異端――黒き断罪の職人ブラックハッカーマルコス・クレイジー公開処刑】と記されていた。


「お師匠……絶対に、ローザが助ける」


 決意を口にしたロザミアは中央広場に向かって歩き出す。肩紐を握りしめた手は微かに震えていた。


 その光景を暗がりの部屋から水晶越しに見つめる女がいる。


「あらあら。まぁまぁまぁ。随分と健気な娘だこと。とても素敵な娘ね。……ところで、この娘が貴方の選んだ後継者でいいのかしら? マルコス」


 手にした水晶から檻の中の老人に顔を向けた女が、微笑んだらしい語気で問いかける。

 したらばハッとした老人の全身から血の気が引いていき、瞬時に青ざめたものへと変わり果てる。


 マルコスは驚きを隠せずに目を見開いていた。


「まさか……!? お前さんはモルガン・ル・フェかッ!? なぜ林檎の島アヴァロンに居るはずのお前さんがここにおるのじゃ!?」


 特徴的な口癖を耳にしたマルコスは、すぐに黒ずくめの女が魔女の九姉妹の長女モルガン・ル・フェなる人物だということに気がついた。


「あらあら。そんなの決まっているじゃない。わたくしたちの大切な魔法の大釜を破壊した女神あの女に復讐するためよ。そのための断罪であり、黒き断罪の職人ブラックハッカーであることを貴方はもう忘れてしまったのかしら? 老いとは恐ろしいわね、マルコス」

「そんな……ありえんッ! お前さんは30年前、たしかにわしがこの手で殺したはずじゃ! 生きとるわけがないッ!」

「ええ。ええ。そうね。わたくしは卑怯な貴方に15番目の器を壊されてしまったのよね。でも、ほら。どうかしら? 16番目の新たな器は。とってもキュートでしょ?」


 その場で一回転したモルガンは、片足を斜め後ろ内側に引き、もう片方の膝を軽く曲げて背筋を伸ばしたまま、優雅にあいさつをする。


「バカなッ、どうやったというのじゃ! お前さんらは林檎の島アヴァロンからは一歩も出られんはずじゃ!」

「あらあら。わたくしは貴方が生を授かる以前から、ずっと世界ここに存在するのですよ? 器を失った時のことをわたくしが一切考慮していなかったとでも? 当然、繋がりを得られるための魔具を世界中にばらまいていましたわ。少し考えれば分かることよ? うふふ」

「まさか!? 第5王子がその魔具をッ。ということは……第5皇子は魔女の使徒じゃったということかッ!」


 再びハッとするマルコスを嘲笑うかのように、モルガンは楽しげに肩を揺らす。


「まぁまぁまぁ。早とちりは貴方の悪い癖よ、マルコス。たとえ神であったとしても、心ある者を思い通りに操ることなんて不可能じゃないかしら? そんなことが可能なら、わたくしは貴方を殺さずに済んだもの。でも、そうね。操れずとも導くことは可能とだけ言っておくわ」

「導いたじゃと!?」

「ええ。ええ。哀れな幼き皇子を導いて差し上げたのよ」

「なぜ、そのようなことを!?」

「決まっているじゃない。偽りだらけのこの世界を元に戻し、あの女に一泡吹かせるためよ」

「偽り……? 一体何のことじゃ?」

「あらあら。わたくしを裏切った貴方にはナイショでしてよ」


 踵を返したモルガンが地下牢をあとにする。


「待つのじゃモルガン! あの娘には、ロザミアには手を出すでないッ!」


 暗く閉ざされた地下牢にしゃがれた声がこだまするも、モルガンからの返答はない。


 一方その頃、明日の処刑場となる町の中央広場を視察しに来ていたロザミアは、帝国軍人たちによって組み立てられつつあった処刑台に眉をひそめていた。


「お師匠。必ず、助ける」

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