第17話 黒き断罪の職人
「天使さま、ハーブティー飲んで」
ヨハネスが村から程近い河川敷で一息ついていると、すっかり少年に尊崇しているロザミアが水筒を取り出した。中には温かいアールグレイが並々と注がれている。
「気が利くですね。淑女としてかなりポイント高いですよ」
「小さい天使さまに褒められた、嬉しい。ご褒美になでなで」
頬を赤らめたロザミアがヨハネスの髪を優しくなでつけると、紅茶を一口飲んだヨハネスが蒼い瞳に疑問符を浮かべる。
「どうしてご褒美なのに僕の方がなでられているんです? ロザミアへのご褒美なら僕がなでるんじゃないんですか?」
「ご褒美。だからローザが天使さまに触れていい」
「……変わったご褒美ですね」
ヨハネスはロザミアが淹れてくれた紅茶を味わいながら、長閑な川原をぼんやり眺めていた。
『いい加減にせぬかァッ!』
そこにドスの利いた怒鳴り声が雷のように響き渡ってくる。ようやく落ち着きを取り戻しつつあった村は途端に天変地異に襲われる。
「地震……」
辺りを見渡すロザミアに、落ち着き払ったヨハネスがこれは地震などではないと言う。
「違う……?」
「はい、これは精霊さんの大音声がもたらした天災ですね」
「精霊……? 悪魔の間違い。天使さま危険」
「大丈夫ですよ。それよりマルコスさんの所に戻りましょう」
村の北西にマルコス魔法道具店と看板を掲げた店がある。住宅密集地から離れた場所に位置していた魔法道具店は、先の争いによって生じた業火から奇跡的に難を逃れていた。
『一体いつになったら俺さまはここから出られるのだァッ!!』
ヨハネスが店の扉を開くと、怒髪天を衝いたフラムの怒号が頭の奥に突き刺さる。
「――っ!?」
鼓膜を突き破ってしまいそうな大きな声に、ヨハネスとロザミアの二人は咄嗟に耳を塞いだ。
『貴様ッ、まさかこの期に及んで不可能と吐かすわけではあるまいなッ!』
「これは
「
両手を離すと聞き慣れない言葉が飛び込んできて、ヨハネスは二人の会話に割り込むように言葉を発した。
「簡単にいえば魔鉱石に精霊や悪魔を宿し、その力を強制的に引き出すといったものじゃ。かなり高度な技術を有するうえに、神聖な存在である精霊に対してあまりにも非人道的である行為から、正式に教会が禁忌技術に指定したんじゃよ。本来職人から職人へと受け継がれていく技術がそこで失われていくことを、
『ちなみにマルコスならどの程度時間があれば解けるのかしら?』
落ち着いた声音で問いかけるのはユイシスである。
「正直なんとも言えん。場合によっては死海文書が必要になってくるかも知れんからの」
「死海文書ってなんです?」
疑問符を浮かべるヨハネスの問には、ここぞとばかりに褒めてもらおうとするロザミアが声を上げた。
「500年前、北にあるクバラ洞窟で発見された972の写本群の総称」
「なんですか、それ?」
「一説には、世界のすべてがそこに記されていると言われるほどの巻物じゃよ」
「………」
ヨハネスに褒められなかったロザミアは、自分の手のひらと少年の頭を交互に見て、困り眉を作り上げた。
「つまり、その死海文書には精霊さんを解放する方法が記されているということですか?」
「うむ、フラム殿とユイシス殿の話が真実ならば、二人のことが死海文書に記されていてもなんら不思議ではないからの」
(二人の話……?)
一瞬何のことだろうと思考を巡らせるヨハネスだったが、出会った当初に二人が見せてくれたオリジナル演劇を思い出していた。
ヨハネスは純粋なマルコスが二人の劇を信じてしまったのだと、微笑ましく思ってしまう。
クスクス笑うヨハネスの傍らで、我慢できなかったロザミアは艶やかな金髪をなでた。その表情は感情希薄な少女には珍しく、とても幸せそうなものだった。
「た、大変です、ヨハネス殿下っ!」
話し合う彼らのもとに、騒々しく甲高いドアベルの音が鳴り響いた。
村の青年が血相を変えて店に駆け込んできたのだ。
「どうかしましたか?」
こてっと首をかしげるヨハネスが優しく聞き返すと、青年は息を整えることなく声を張り上げる。
「脱走です! 納屋で拘束していたアブレットが逃げ出したんですッ!」
大声で事の重大さを伝える青年に、ユイシスは大袈裟なまでに溜息を吐き出し、フラムは憤怒の色を声音に乗せた。
『そりゃ納屋なんかに閉じ込めていたら、暗に逃げてくれって言ってるようなものじゃない』
『だからさっさと始末しておけば良かったのだッ!』
物騒なことを言い出す摩訶不思議な剣に、青年は顔を引きつらせては、不吉なものを見聞きしてしまったと震えはじめる。
「そういえば兄上――アビルはどうしてマルコスさんの命を狙っていたんです?」
疑問に思っていたことを直接マルコスに問うたヨハネスに、老人は渋い顔で唸りながら蓄えられた髭をひとなでした。
やがて困ったように口を開く。
「わしが魔具の製作を断ったことが余程気に食わんかったんじゃろう」
「魔具ですか? 一体どんな魔具を造ってほしいと頼まれたんです?」
「悪魔を宿した呪いの魔具――
「え!?
一体どういうことだと混乱するヨハネスに代わり、すかさず声をあげたのは魔石のなかの二人だった。
『ちょっと待ちなさいよ! それって誰も知らないんでしょ? 受け継がれなかったから
『貴様ッ、この俺を謀ったかッ!?』
フラムが沸騰したヤカンの如く激昂すれば、店内はたちまち音を立てて揺れはじめる。
「受け継がれなかったのは事実じゃ!」
マルコスは店が壊れるのではないかとヒヤヒヤしながらも、一刻を惜しむかのように口にした。
「ふぅー」
揺れが収まったことを確認したマルコスは、一安心と息を吐き出した。
「ただのぉ、
「
それは自らの欲求と探究心を満たすため、禁忌として歴史の闇に葬られた魔法技術を再現・構築する違法職人を示す言葉である。
「わしはかつて〝断罪〟と呼ばれた闇職人ギルドに属していたんじゃよ」
「闇ギルド……ですか」
アビルはどこかで老人が元断罪のメンバーだったということを知り、呪われた魔具――悪魔を宿した
力こそがすべての帝国において、皇子たちは次期皇帝の座を賭けて自分の力を示さなければならない使命を皇帝陛下より授かっている。
ある者は伝説のドラゴンを狩るべく南に旅立ち、またあるものは他国を侵略して力を示すべく旅立った。
アビルは優れた魔具を使いこなし、皇帝にそれを献上することで認めてもらおうとしていたのだ。
『下らんッ!! 強さとは鍛え抜かれた肉体と魂にこそ宿るものだッ。他人の力を借り受けた力など、そのようなものは真の力などではないわァッ!』
『同感ね。ましてや断られたからって村ごと焼き払うって、アヒルだかアビルだか知らないけど、どうかしてるわよ!』
古の時代を己の力だけで生き抜いてきた二人には、武器に依存した現代人の力の在り方が理解できなかった。
なにより元勇者のユイシスは、アビルのやり方が気に食わない。
「困ったことになったですね」
「天使さま、悩みある?」
頭を悩ませるヨハネスに、ロザミアは少し悲しそうに小首をかしげる。
「今回の件をアビルに報告されれば、次はどのような報復がこの村を襲うか分かったものではありませんから」
『ゼハハハ――ならば何度でも蹴散らしてくれるまでのことだァッ!』
ヨハネスの悩みなど大した悩みではないと笑い飛ばすフラム。
「実は、問題はそれだけでは……」
豪語する剣を畏れながらも、青年は申し訳なさそうに口にする。
「まだ何かあるんですか?」
「先日ヨハネス殿下のお力で山が二つになったことはご存知ですよね?」
「正確には僕ではありませんが……」
ヨハネスはじっとフラムを咎めるように見据えたのだが、当のフラム本人はあの程度どうということはないと、誇らしげに力こぶを作っていた。
「非常にお伝えしにくいことなのですが、あれのせいで……その、山の神が怒り狂っているのです」
「神……? 猪かなんかですか?」
「とんでもないっ! 姿を見たものはいないのですが、村に伝わる話では神話の時代から山に住まう偉大なる神と!」
「神さまですか。で、その神さまが怒ってるですか?」
「はい。先日村の者が山菜を取りに山に入ったところ、声が聞こえたそうなのです」
「声、ですか?」
「魔王さまから授かった山を、このようにした愚か者を連れてこいと、さもなくば皆殺しだと」
「皆殺しですか。それはたしかに大変ですね」
深刻な話合いがなされる一方、魔石の中――異空間ではユイシスが大男の真っ黒な後頭部を睨みつけていた。
『それってあんたの部下なんじゃないの?』
『……はて、山をくれてやったことなどあったかな? なんせ1000年も前のことだからな』
ゼハハハ――思い出せんと頭をひねったフラムは、『ま、よいか』と秒で興味を無くした。
「では、僕が神さまに謝ってくるですよ」
「危険では!?」
まさかの提案に驚く青年だったが、ヨハネスはあっけらかんと言い放つ。
「相手は神さまなんですから、ごめんなさいすれば許してくれるですよ」
「天使さま、危険。ローザも行く」
こうして二人は、神話の時代から山に住まうという神に会いに行くことになったのだ。
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