第18話.転換

 あの始祖と出会した任務から帰還した4人は、鈴木と学長から散々事情を聞かれた。何回も話したよ!と言いそうになりながらも、繰り返される質問に懇切丁寧に答えたのは、相手が普段からよく知る2人であったからだ。

 本来ならば討伐師協会の上層部から事情聴取をされる筈だったのだが、古い体制のそこを嫌う都が「それなら話さねー」と頑として突っ撥ねたので、鈴木と学長に白羽の矢が立ったらしい。


 そこから一ヶ月。4人は表面上、以前と同じような関係性を築けている。近松は相変わらず母のように世話を焼くし、都は都で変わらずに嫌味を吐いては史奈に突っかかってくるし、もちろん新家の真面目に失礼な物言いも健在だった。


「も、やだぁ、やだやだ、壮真キライ〜っ!」

「てめぇ、ガキみたいなこと言ってんなよ?!俺だって忙しいんだからな!」

「まぁまぁ、ほら小型結界は張れるようになったでしょ?その応用だからさ、大丈夫大丈夫!」

「東堂、お前の臍まわりに渦巻き描いてやろうか?」


 は?へ?え?と新家に3人分の視線が集まる。が、至って真剣な彼はその視線の意味に気づかない。それこそが精気操作の訓練の上でより効率的な方法であると思っているのだ。他意はない。

 新家は理論に則った緻密な訓練を行い、今のスキルを身につけてきた。逆に近松や都は感覚型で、そもそも人に物を教えるということに向いていない。それを差し引いても史奈の覚えが悪いのだが。


「その渦に沿って精気を流せば操作感を掴みやすくなるぞ」

「え、え〜?それもっと早く教えてほしかった……」

「あ、あぁ、すまん。お前の師は都だと思っていたから……」


 新家はばつが悪そうに頭をかりと搔き、「じゃあ、俺が教えても?」と、同意を得ようと都に伺いを立てた。


「俺じゃなくて先生に聞けよ」

「え、待って待って、壮真はもう教えてくんないの?」

「……………………ちっ」


 え?は?、もしかして私今キレられてる?!と、理不尽な舌打ちを向けられて史奈は顔を顰めた。大方、新家が褒められたみたいになっていることに拗ねているんだろう。まるで子供。大きなクソ餓鬼。だけどもう慣れてしまった。


「もうみんなで教えればいいじゃん!ね、それがいいよ!結局俺ら全員、東堂さんのこと心配してるのには変わりないんだから!」


 近松は天使の微笑みでこの場を繕う。しかし都はそれを鼻で笑い一蹴したのだ。


「もーやめやめ。気持ち悪ぃわ、この仲良しごっこ」

「おい、都。言い過ぎだぞ」


 新家が咎めるが、都の口撃は止まらない。


「お前も、お前も、コイツに聞きたいことがあるだろ?もうやめよーぜ」


 冷めた視線を向けられた近松と新家は押し黙り、史奈は鼓動を速めた。ずっと触れずに誤魔化してきたが、そんなもの長く保つはずがなかったのだ。


「史奈、お前の隠し事ってなんだ?俺らそんなに信用ねーかよ」


 あぁ、失敗したと、3人の表情を見た史奈は思った。傷つけてしまった。信用してないわけない。それでも言わずに済むならそうしたかった。日々命を削って外星体と戦っている彼らに、これ以上の厄介事を持ち込みたくなかった。騙していたんだなと嫌われたくなかった。それでもそれ以上に、こんな顔をさせてはいけなかった。


 史奈は彼らに真実を告げる覚悟をした。


「は?それマジで言ってんの?」


 都は額に手を置き大きな溜息を吐いた。感情の乱れをなんとか落ち着けようとしていることが見てとれる。

 新家は顎に手を当て、何事かを考え込むように「うーん」と唸った。それからハッと「だから外星体の臭いに敏感なのかもな」と目を輝かせるのだから、史奈はつい笑ってしまう。どこまでもマイペースな男だ。


「いや、お前なんでそんな冷静なの」

「俺が冷静に見えるか?かなり戸惑っている」

「あはは、ごめんね黙ってて……その、信じてくれる?私が違う世界から来たってこと」


 顔色を窺うように恐る恐る尋ねれば、都と新家は「それは信じるけど、」と声を揃えた。そんな折、史奈の話を聞いてから黙り込んでいた近松が漸く口を開いた。


「……え、ちょっと待って……それって、東堂さんがずっとここにいるわけじゃないってこと?」


 近松は史奈がどこの世界の人間かということよりも、そちらの方が余程気になるようだった。史奈は暫し考えた。口に出すことを躊躇はするが、しかしもう嘘をついていたくない。その気持ちが大きかった。史奈としても楽になりたかった。


「一年って期限があるの」

「……いちねん……」

「は?ちょっと待てよ、それなら話は変わってくるだろ」

「期限を設けているということは何か目的があるのか?」


 矢継ぎ早に話されて史奈は処理が追いつかない。順序立てて話すからちょっと待って、と手と言葉で彼らに制止をかけた。


 そうして史奈はミケという謎の生命体にトリップを持ちかけられたことを話し出す。


「その、それで……その、純潔を守れば元の世界に帰ったときに願い事叶えてくれるって、」

「あ?純潔?」

「処女のことか」


 新家の言葉に都は顔を赤らめ言葉を失う。餌を欲しがる鯉のようにパクパクと口を動かすが、いつもの嫌味は出てこないようだ。


「ねぇ、東堂さんの願いってなんなの?」

「え?私の願い?」

「そう……、あと9ヶ月後か……帰るときになにを願うの?」


 近松は作り物みたいな笑顔を浮かべたまま首を傾げた。始祖と対峙したときのような黒よりも黒い世界を見に纏った、あの近松がそこにいる。

 怒らせてしまったのだと、史奈は瞬時に悟った。嘘をつき騙していた私に怒りを向けているのだと思ったが、実のところ近松はそんなことなどどうだって良かった。彼はただ知りたいだけなのだ。自分の元をいつか離れようとする史奈の願いを。それならば元の世界に帰りたいよなと、納得できるほどの願いを提示してほしいだけなのだ。


「陸、やめろよ。史奈が怖がってる」

「都くんは黙ってて。僕は東堂さんに聞いてるんだ。別に怒ってなんかない」


 願いを教えてよ、と近松は再び史奈に問いかけた。ヒリつく空気が全てを飲み込んでいく。


「……違う私に、なりたくて、」


 なんとかそれだけを口にした史奈は、ハッハッと短い息を吐き出した。冷や汗が背中を流れ落ちる。都も新家も近松の圧に押され息を潜めている。いや、彼らの本音も近松と変わらない。どんな望みなのかを知りたかった。


「そうなんだ!じゃあ、9ヶ月後東堂さんが無事に帰られるように、僕たちがしっかり守るからね」


 ね?ね?と、近松はいつもの力の抜けた笑顔を見せて、都と新家に同意を求めた。

 2人は口元に笑みを浮かべて「そうだな」と頷いたが、史奈はとてもそんな風に笑えなかった。近松の笑みは初めて会った時と変わらない、毛羽立った心を解すそれなのに、今はどうして酷く恐ろしい。もしかして私は一番怒らせてはいけない人を怒らせてしまったのかも、と、史奈はなんとか「ありがとう」と言葉を紡いだ。

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その純潔、売約済みです! 未唯子 @mi___ko

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