第3話.同族

 停車していた車に史奈を押し込んだ彼らは「寮に行く」と告げた。全くもって訳が分かっていない史奈だが、寮という単語から"ひとまず今夜は屋根の下で寝られそうだ"と胸を撫で下ろす。

 運転手から「お疲れ様です」と声がかかり、態度のでかいイケメンーー都壮真みやこそうまは「お疲れっす〜」と緩い返事をし、柔和なイケメンーー近松陸ちかまつりくは「お疲れ様です。あのぉ、彼女、被害者で……恐らく討伐師適性者です」と、丁寧に史奈の紹介までをしてくれた。


「えっ?!あ、そうなんですか。了解しました。鈴木さんには連絡しました?」

「はい、さっき。車に乗る前に。とりあえず話したいから連れて来てってことで。……ね?」


 近松は史奈の右隣に座る都に同意を求めたが、当の都は腕を組んでその上目まで瞑って、もう寝る気満々のようだ。


「分かりました。でしたらこのまま発車します」


 と、3人が後部座席にぎゅうぎゅうに収まった車は静かに発進した。背の高い都が自慢の長いおみ足を史奈の前まで広げているので、右隣からはかなりのプレッシャーを感じる。自然と左側に座る近松に近づく形になった史奈は、「あの、」と小さな声を出した。それはもちろん目を瞑っている都を気遣ってのことだ。


「はい、なんですか?」

「さっき言ってた"とうばつし"?ってなんですか?」


 史奈の表情が余程不安げだったからか、近松は彼女を安心させるように柔らかな笑みを見せた。近松はどちらかといえばオドオドとした気弱そうな見た目をしている。黒く長い前髪がそれを助長しているのだろうが、実際は彼のふにゃりとした笑顔は人の心の壁を瞬時に溶かしてしまうし、この人は自分の味方なんだと思わせてしまう魅力があった。

 「突然こんなことになって不安だよね」と気持ちに寄り添ってくれる言葉を受ければ、史奈はもう、そんな不思議な魅力を持った近松に心を開き出していた。


「僕と都くんも討伐師なんだ!」


 同じだから怖がらなくていいよ、と言う近松はどこまでも優しい笑顔を絶やさない。疑問は少しも解決していないのに、その笑顔に安心した史奈がウトウトとし始めた頃、車は目的地である寮に到着した。




 寮だと連れて来られたところは、想像していたものよりずっとこじんまりとした3階建のハイツだった。高校の寮ってもっと綺麗なんじゃないの?と思いながら、史奈は近松と都の後をついていく。通されたところは食堂で、そこには眼鏡をかけた男性が座っていた。


「鈴木先生!遅くなりました。こちらが電話で伝えた"東堂史奈"さんです」


 近松の声に合わせて史奈がお辞儀をすると、先生と呼ばれた男性ーー鈴木は椅子から立ち上がり「大変でしたね」と揃えた指で目の前の椅子を指した。つまりこの椅子に座りなさいということなのだろう。「失礼します」と史奈が腰をかければ、近松が背後に立った気配がする。都は不躾に史奈の隣の椅子を引き、勢いよくどかりと腰を下ろした。

 それが始まりの合図だとでもいうように、史奈への事情聴取が始まった。


「へぇ。匂いが?」


 あの化け物に会ったときに感じたことを素直に告げた史奈へ、鈴木は興味深そうに前のめりになる。先程まで欠伸をしていた都でさえ史奈の話に耳を傾け始めたのだから、彼女は何かまずいことを言っただろうかと途端に不安になった。


「どんな匂いだったの?」

「どんな……えっと、乾いた唾液みたいな?」


 近松の問いかけに答えれば、都が「オエー」とその端正な顔を歪ませて舌を突き出した。下品な奴だなと、史奈は心の中で都をカテゴライズする。いくらイケメンでもここまであけすけな性格だと異性にはモテないだろうなと、それはほぼ確信に近かった。


「それはいつから匂ったのかな?」

「いつから?」

「えっと、姿を変える前かな?変えた後?」


 鈴木の質問に史奈は記憶を遡ったが、なにせパニックになった前後のことはハッキリと覚えていないのだ。史奈が曖昧な記憶の中からなんとか答えを引っ張りだして「恐らく……変える前……だと、思います」と言えば、鈴木と近松は声を揃えて「すごい!」と手放しに褒めた。が、そんなに喜ばれると、段々と記憶に自信がなくなっていく。これで実は姿を変えた後でした〜!ってことになれば、かなり落胆させてしまうかもしれない。


「たぶんだっつってんだろ?コイツのことすぐに信用すんなよ」


 とは、また腹の立つ言い方だが、今回ばかりは都に感謝したい。どうしてそんなに褒められたのかも分からないまま、史奈は「あはは」と笑みを浮かべるしかなかった。


「まぁとりあえず今日は遅いから家まで送っていくよ。近松さんと都さんは部屋に戻っていいよ」


 鈴木は「これからの相談は明日以降にしよう」と、史奈の連絡先を聞いてきた。しかし史奈には送ってもらう家もなければ、教えられる連絡先もない。なんなら戸籍も金も職もない。ないない尽くしなのである。こんな夜中に外に出されてまたあの化け物に襲われたら?そうなれば今度こそ命を失うかもしれない。


「あの、実は……私、家がなくて……」


 部屋に沈黙が訪れた。


「あ、なるほどなるほど……それはそれは……ということはご家族は……」

「……いないです」


 これは余程悲惨な生活をしていたと同情されているな、と史奈は感じとった。慰めているつもりなのか、近松が史奈の肩にソッと手を置く。


「おー、すげぇ好都合じゃね?家族いねーなら反対する奴もいねーじゃん!」

「ちょ、ちょっと!都くん言い過ぎだよ!ごめんね、気にしないでね」


 都の言葉の真意を理解することはできなかったが、失礼なことを言われているというのは嫌でも分かった。しかし史奈はもう20代後半のいい大人で、相手はまだまだお子ちゃまの高校生なのだ。こんな奴にムキになることは己の品位を下げるだけだと、ふんとそっぽを向くことだけに努めた。


「も〜!東堂さん怒っちゃったじゃん!都くん、ちゃんと謝って!」

「いやいや、ほんとのことだろ?自分の子をいつ死ぬかも分かんねー討伐師にならせたい親がいるか?」


 史奈は先ほどの都の言葉の真意を知り、そういうことか、と納得した。じゃあそんな危険な討伐師になることを認めたアンタの親はいったいなんなのよ?と言いたいところだが、相手は子供。無闇矢鱈に傷つける必要はないだろうと言葉を飲み込む。


「はいはい、都さん、そこまでにしてね」


 眼鏡を外した鈴木は両側から鼻根を強く押さえながら、深い深い溜息を吐いた。その仕草からは日常的に都に手を焼いていることがありありと見て取れる。社会人はどの世界も大変ですね、と史奈は心の中で鈴木に合掌を送った。

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