第4話.加入

 まさかの返答に史奈は絶望した。あの流れなら絶対にここに泊まれると思ったのだ。しかし鈴木は「部外者を寮に泊めることはできないんです」と申し訳なさげに眉を下げた。なんでも守秘義務がどうとか、ということらしいが、そんな大それたものがあるならホイホイと寮に上げるなよ、と史奈は憤った。


「え〜、そんな……先生なんとかならないですか?彼女は絶対に能力がありますよ!だって結界も視認できたんですよ!」


 史奈の境遇に同情をした近松は必死に訴えているが、鈴木の返事は変わらない。近松が言う"結界"とは、化け物を処理する現場を一般人に見せないために張るものらしく、それは討伐師以外は視認できないようだった。都が現れたときに闇に覆われたなぁとか、近松がやって来たときに明るくなったなぁとかと史奈が感じたのは結界の有無らしく、それを視認できたということはつまり討伐師としての適性があるということだった。


「じゃあコイツがここに入学すりゃあいいんじゃね?」


 とはずっと眠そうな態度の都の言葉で、それを聞いた鈴木は「まぁ、それなら」と一応の納得を見せたが、当の史奈は"そんな簡単に事を進めちゃっていいの?!"と、守秘義務がなんだかんだと言いながらも警備が緩々なことを無駄に心配してしまう。


「近松くんが言ったように、あなたには討伐師としての素質があるでしょう」


 一つ咳払いをした鈴木は史奈の目をじっと見つめながら、これからのことについて語り出した。近松と都が在籍している高校は討伐師を育てる為のものらしいーーといっても討伐師は公な存在ではないので、表向きは普通の高校なのだが。


「この高校で討伐師として鍛練しませんか?もちろん外星体がいせいたいーーあの化け物を討伐すればそれなりのお金も貰えます」


 金!職!住居!と、喉から手が出るほど欲しかったものが降って湧いてきた。史奈は化け物ーー鈴木は外星体と呼んでいたーーと戦うことによって晒される命の危険とを天秤にかけて、二つ返事でその提案を受け入れた。都が怪我一つせずに外星体を倒したことが史奈の恐怖心を大幅に下げたのだ。それに金を得なければいずれ命を落とすことになるだろうし、この提案に乗る選択肢しかないといえばない。


「東堂さん、本当に大丈夫?無理してない?」


 史奈の返事を聞いた近松は心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。わざわざ床に膝までついて目線を合わせてくれているところに近松の性格がよく出ている。


「大丈夫大丈夫!頑張って強くなるよ!」

「そう?それなら……まぁ……。東堂さんのことは僕がしっかり守るからね」


 と、にっこり笑った近松の言葉に深い意味はない。彼は一般人や仲間には分け隔てなく優しい男なのだ。史奈は史奈で、一回りほど年下の子供にそんなことを言われてときめいてしまうほどウブではない。しかし近松があまりにも恥じらいなくそう言うので、なんだか史奈の方が照れてしまう。


「おい陸、コイツのこと甘やかしてもいいことなんかひとっつもねーぞ」

「いやもう、アンタさっきからうるさい」

「っはぁ?お前の命は俺が助けてやったんだぞ?つまりお前の命は俺のモノで、俺に絶対服従なわけだろ?」


 ふふんと片頬を上げて得意げな顔をした都に、史奈はベーと舌を突き出した。もう子供やらなんやらと言っていられないほど腹が立っている。


「はい、そこまでにしてください」


 ことの成り行きを見守っていた鈴木が、これ以上酷くなる前にと、制止の言葉をかけた。


「すみません……あの、ところで私ってどういう立ち位置で高校に入るんですか?まさか先生ってわけでは……」

「はぁ?お前なに言ってんの?生徒に決まってんだろーが、馬鹿かよ」


 都は話になんねーなとでも言うように肩をすくめるが、そんな都に史奈は「子供は黙ってて」とふんと鼻を鳴らした。


「子供って……お前も俺と変わんねーだろーが。それともなにか?よっぽど若作りが得意なババアか?」


 都がお世辞を言うタイプでないことは、この短時間で嫌と言うほど理解してしまった。その都が"俺と変わらない"、つまり高校生に見えるという。史奈は年相応に見られる容姿をしていた。もちろん今まで「童顔だね」とも「高校生に見えるね」とも言われたことがない。

 前触れなく立ち上がった史奈が切羽詰まった様子で「鏡どこですか?」と聞いてくるものだからさすがの都もビクついて、素直に「洗面所」と答える。


 「僕が案内しますね」と近松に連れて来られた洗面所の鏡を見た史奈は叫びそうになった。なったが、なんとか耐えて、気持ちを落ち着けるように長い息を吐き出して項垂れた。

 その鏡に映っていたのは都の言った通り、高校生ほどの年齢の史奈だった。しかしよくよく考えてみれば、トリップなんていう非現実的なことが行われたのだから、年齢操作ぐらいなんてことないように思う。とりあえず受け入れようと気持ちを切り替えた史奈は、「大丈夫?」とオロオロしている近松に笑顔を向けた。


 そうして食堂に戻った史奈はもう一つ言わなければならないことを思い出し、再び椅子に腰掛けた。


「実は……あの、私……戸籍もなくて……」


 突如放り投げられた衝撃的な事実に、鈴木は「なるほどなるほど……それはそれは……」と、"家がない"と告げた時と同じ反応を返す。余程悲惨な家庭環境なんだなと同情しているのだろう。


「ぎゃはは!マジでお前……!討伐師になるために生まれてきたような女だな!こっちとしては捨て駒にできるんだから好都合じゃねーか」


 とは都の言葉で、コイツはマジで見た目以外の全てを腹の中に落としてきたんだなと、史奈は至って真剣にその結論に達した。


「ちょ、ちょっと!都くん、酷すぎるよ!ごめんね、本当にごめんね」


 全く悪くない近松が必死に謝っている。都は腹を抱えて笑っているし、鈴木は注意することを諦めてどこかに電話をかけ出した。史奈はとりあえず己の命と純潔が守れるなら他はどうでもいいや、と苦笑いを貼り付けることに徹した。

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