Phase 06 取り調べ

 2001年1月19日。

 「被害者は弁天隆史べんてんたかし。28歳。職業はホテルマンだ。」

 「それにしても天王寺動物園の園内でバラバラ死体が見つかるなんて、犯人はどういう考えでこんな場所に死体を棄てたんだ・・・。」

 「我々大阪府警への挑発とか?」

 「それはあり得る。敢えて動物園の園内に死体を棄てることによって、犯人は我々をもてあそんでいるんだ。それは間違いない。」

 「とにかく、今日は天王寺動物園を臨時閉園にしろ。そして、犯人の証拠を徹底的に探すんだッ!」

 「分かりましたッ!」


 「8人目の犠牲者ねぇ・・・。」

 「麗子ちゃん、何か引っかかることでもあるの?」

 「ああ、大アリだよ。なぜ犯人は敢えて動物園という目立つ場所に死体を棄てたのか。私にはそれが分からない。」

 「確かに7人目と8人目の被害者の死体遺棄場所は同じ天王寺周辺ですが、微妙に場所にズレが生じているんですよね。」

 「あぁ、7人目は阿倍野で8人目は四天王寺だ。これは意図的に遺棄場所をずらしたのか、犯人も分かっていなかったのか。どちらかだな。」

 「犯人がミスを犯したという可能性も考えられるのでは?」

 「そうだな。とにかく、2人の容疑者の身元を大阪府警に調査するように頼んでいるから、私たちはじっと返事を待つしかない。」

 「じゃあ、答えが出るまでに『パンドラの匣』を書いちゃいます?」

 「今書いているところだ!あと50ページで脱稿だッ!」

 「張り切るのは良いけれども、あまり根を詰めすぎないようにしてくださいね。ただでさえ不摂生な生活が続いているんだから。」

 「それは分かっている。けれども煙草ぐらい吸わせろ!」

 「今日5本目ですよ・・・。」


 僕は、とりあえず2人の容疑者の事情聴取を行うことにした。

 取調室に、可憐な女性が入ってきた。

 「えーっと、君が桃谷詩織だな。」

 「はい、そうですけど・・・。」

 「今回の事件の容疑者としてあなたはマークされている。一連の死体について何か思い当たる節はないか?」

 「いえ、ありません。そもそも、私が殺人を犯す理由は何処にもありません。」

 「まあ、ラジオ局の人気DJが殺人を犯すわけがないよな。」

 「刑事さん、私のことを疑っています?」

 「当然だ。刑事の仕事だからな。」

 「それはともかく、私は今回の一連の事件と無関係です。いい加減帰らせてください。」

 「そうですか。それは残念です。」

 ――結局、桃谷詩織から手掛かりは得られなかった。


 続いて、取調室に薄幸はっこうそうな女性が入ってきた。

 「君が西九条悦子だな。」

 「はい。そうですけど。」

 「君が今回の事件の容疑者としてマークされている件について、どう思う?」

 「私は女優です。確かに役として殺人を犯すことはありますが、実際に殺人を犯すのは悪いことだと分かっています。だから私が一連の事件の犯人であることはあり得ません。」

 「そうか。ならばいいんだ。」

 「ところで刑事さん、私がなぜ女優を目指すことになったか知っていますか?」

 「もちろん、知っている。確か君は『天才子役』として名を馳せていたな。そして91年に放送された正月ドラマ『里見八犬伝』での伏姫ふせひめ役が大当たりして、それで本格的に女優の道を歩むことになったと。」

 「正直、『里見八犬伝』は私の中でなかった事にしたいんです。けれども、事務所がそれを許してくれません。」

 「そうだったのか。しかし、過去は変えられない。受け入れるんだな。」

 「じゃあ、未来を書き換えることは出来るんでしょうか?」

 「これは僕の信念だが、過去は変えられないが未来は変えられる。とあるハリウッド映画が教えてくれたんだ。」

 「映画ですか。そういえば、私の主演作である『劇場版ダンシング大捜査線2』のクランクインが2月に迫っています。だから、尚の事私が殺人を犯すなんてあり得ないんですよ。」

 「そうだったな。日本アカデミー賞を総めした作品の続編が控えているとなると、君が殺人を犯す理由なんて見当たらないな。」

 結局のところ、西九条悦子からも手掛かりは得られなかった。

 まあ、犯人が簡単に白状するなんて普通ではあり得ない。

 しかし、僕は西九条悦子の表情に引っかかるモノを覚えた。

 あの不自然な表情は一体何だろうか。

 僕は、伽藍の洞と化した取調室の中で煙草を吸いながら考えていた。


 「結局のところ、2人共目ぼしい手掛かりは得られなかった。大阪府警の刑事として申し訳ない。」

 「赤城さん、あなたが落ち込む必要なんてありません。犯人がやすやすと白状するなんてあり得ないわけだし。」

 「そうですよね。僕ももうちょっと粘ってみたいと思います。」

 「それより、私の家に来ませんか?もちろん神結さんにも来てもらいますよ。」

 「そうだな。最近リフレッシュしていなかったし、ちょっと芦屋まで行ってみるよ。」

 「ありがとうございます。」

 こうして、僕は神結刑事を連れて芦屋へと向かった。

 「阿室さん、こんばんは。赤城刑事としてではなく赤城翠星として来ました。もちろん神結英樹も連れて来ました。」

 「先輩、ちょっと荒いっすよ!」

 「コホン。神結くんがワーワー言っているが気にするな。兎に角、お邪魔させてもらうよ。」

 「どうぞ。特に何も用意できないが紅茶の一杯ぐらいは用意できます。少し待っていてください。」

 僕は、阿室麗子の書斎兼仕事場兼応接間を改めて見回す。

 新作小説の脱稿に追われている筈なのに、彼女の仕事場は綺麗だと思った。

 余程の潔癖症なのだろうと僕は思った。

 「私の部屋がそんなに気になるのですか?あぁ、これは紅茶です。」

 「有り難く頂くよ。それにしても、阿室さんの部屋はいつも整頓されていますね。僕のデスクと大違いです。」

 「煙草を吸う分、部屋ぐらいは綺麗にしておこうと思っていてね。今は新作小説の資料とか件の連続バラバラ殺人事件の資料とかで少しごちゃごちゃとしているが、普段の私はきれい好きだ。」

 「なるほど。大阪府警でもこれぐらいの綺麗さを保っていたいものだ。」

 「まあ、大阪府警の捜査一課のデスクがどういう状態かは大体想像付くんですけどね。捜査資料と煙草の吸い殻でゴミゴミとしたイメージを想像します。ところで、例の取り調べ、どうでしたか?」

 「まさしく図星です。ちなみに取り調べの方は2人とも脈ナシだよ。当然だろうけど。」

 「私は犯人の目星が大体ついているんだけどな。」

 「どっちですか!?」

 「今はまだその時ではない。」

 「えーっ、ケチ。」

 「でも、そんな赤城さんに朗報。明日、1月20日に例の殺人事件の推理ショーを中継することになった。もちろん全国ネットでの放映だ。」

 「それってマジっすか!?」

 「ああ、神結さんの言葉を借りるならマジだ。そして、この推理ショーで全てを終わらせる。」

 「そうか・・・。がんばれよ、阿室さん。」

 「分かっている。私が『神戸のホームズ』だと胸を張って宣言出来るようにするよ。」


 ――僕が見た阿室麗子は、勝ち誇ったような顔をしていた。

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