第9話 母親の容態と食料の問題

 翌朝八時。


 僕は昨晩ミーナが寝てからは、プリンタ用紙をメモ帳代わりにして現状の判ったことや問題点、これからの課題など、思い付いた事を書き出す作業をしていた。


「くっ、寝坊してしまった。引きこもりに早起きは難しいのだ。明日からは目覚ましをかける必要があるな。それでも八時に起きた僕を誉めてやろう」


 ベッドから起き上がり洗面所に行って顔を洗いトイレを済ませ、ドアの前にある朝食を部屋に持ち込み冷蔵庫のジュースを一本取り出してからテーブルの前に座る。


 今日の朝食はホットドック二つとサラダ。


 昨日、姉弟がソーセージを食べる光景を見て、ソーセージが食べたくなっていた僕には嬉しい朝食メニューだった。


(家政婦さん、ありがとう)


 僕はホットドックを食べながら、パソコンのモニターを見た。


 視点は昨晩最後に見ていた寝室のまま。母親は上半身を起こして窓の外を見ていた。

 アズール家族の家は横長で、正面右側に玄関があり、開けるとすぐに台所で部屋から左側にあるドアを開けると寝室となる。

 母親のベッドは正面側にあり、持ち上げ式の木で出来た窓を上げると畑が見えるのだ。


 母親は畑で作業している姉弟を見ていたようだ。視点をズームして母親の顔色を確認してみると、穏やかな表情をしていた。顔色も良くなっている。


 昨晩遅くミーナが一度母親を起こして、薬を飲ませていたのも良かったのだろう。


 おっと、薬は治ったと思っても全部続けて飲むように伝えておかないといけないな。それと水分補給の事も忘れずに。兄弟にマスクをさせるのはどうしよう。


 僕は朝食を全て食べ、感謝の言葉メモをお盆に添えてドアの前に置いてから、「神のお告げ」の準備を始めた。


『治ったと思っても薬は全部飲む事。水分補給は大事。ナイフやる。』


 三十文字ジャスト。(ちょっと嬉しい)


 昨日ミーナに伝えたタッパーの中身と缶詰めの事を再度タルクに伝える為、「神の施し」一回分を「神のお告げ」二回分に変換した。


 マスクについては、母親も回復し始めたし二人も元気なので伝えないことにした。そしてあと六文字送れるのでナイフの事を追加した。

 僕が見る限り、アズール家で使っている刃物はミーナの腰に差してある刃の欠けたナイフ一本だけ。日常の作業や調理も同じナイフを使っていた。僕の手元には、異世界に行く準備をした時の物があり、その中に台所から持ってきた包丁が一本あったので、その包丁を送ることにしたのだ。


 僕は「神の施し」で段ボール箱を出し、本日送る物の準備を始めた。


 まずは包丁。刃の部分にタオルを巻いているが少し不安。ネット通販の空き箱が部屋の片隅にあったので、それで包丁の鞘を作った。


 その次に入れる物。実はここで問題が発生していた。昨晩、思い付いた事を書き出していた時に判ったことだ。


 毎日送ると言った食料が無い。


 台所に行けば食べ物はある。でもそれは僕の家族が食べる食材だ。偶になら問題無いが、毎日持ち出すのはアウトだろう。

 そして僕はお金を持っていない。だから自分で買いに行くことも出来ない。小遣いはあるのだ。ただし電子マネーで‥‥‥‥‥


 引きこもりの僕は外に出ることは無い。だから現金も必要ない。欲しいものは全てネット通販で買っている。支払いは親。

 一月の使用限度額は一万円までと高校生の僕にとっては高額だ。ジュースやお菓子は、感謝の言葉メモに欲しいものを書いておけば、家政婦さんが買ってきてくれる。


 厚待遇の引きこもり。ここにあり。


 ネット通販で購入する事を考えたが、請求書の購入履歴を見て親が不審に思うだろう。

 なので僕は決心した。家政婦さんに相談すると。でも明日にしよう‥‥‥‥‥‥


 再び引きこもり必殺技の先送りである。


 今日は部屋にあったポテトチップス二袋を入れておこう。まだ、食パンも缶詰めも残っているから大丈夫だろう。因みに僕が朝寝ている間におにぎりとトンカツは食べてたみたい。

 ミーナにうまく伝わってたのかな?でも念のため、タルクにも伝えておこう。


 結果、段ボール箱には包丁一本とポテトチップス二袋のみとなって箱の中はスカスカ。悩んだ僕はクローゼットに行って、今は着れなくなった小さめの服を見繕って詰め込んだ。


 準備が出来たので、タルクに「神のお告げ」を連続して送り、続けて「神の施し」で台所のテーブルに段ボール箱を送った。


 視点を畑にすると、タルクがミーナに向かって話し掛けていた。するとミーナはタルクの手を握り、家に向かって走り出す。そのミーナの顔は放送禁止レベルのものだった。


 台所に着いた二人。そして届いた段ボール箱に向かって三度目のグーパンチをするミーナ。


(いい加減、普通に開けような)


 ミーナが最初に取り出したのは、段ボール鞘に収まっている包丁だった。


 天然ゴリ押し女ミーナは、段ボール鞘から包丁を抜き取ると、目を細め怪しい笑みで包丁の刃の部分を舐めるように見る。(頼むから刃の部分を舐めるなよ。夢に出そうだから‥‥)


 そして腰に差していた刃の欠けたナイフを流し台の横にあった包丁立てに差し、届いた包丁を腰の鞘に収めた。


 再び放送禁止の笑みをするミーナ。


(おい!それ調理用だぞ!刃の厚みが薄いから、横からの衝撃ですぐ折れるぞ!)


 調理用として送った刃物なのにと、僕は唖然としてその光景を見ていた。(お前、その笑顔は怖えーよ。夢に出そうだよ)


その後、タルクによって缶詰めとポテトチップスは無事食料として認識された。そして一番喜ばれたのが服であった。


ミーナは包丁だったけどね。


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