第6話 母親の病気(1)
アズール家族三人は、ジャムを塗った食パンとオレンのジュースで久し振りに楽しい夕食を迎えた。
「それでミーナ、このパンとジュースはどうしたの?とても美味しいものだけど」
それは気になるだろう。何もなかった食卓に、食べたことの無いような物が出てきたのだ。
「これはね、神様が私達を助けてくれたの。まだ、たくさんあるんだよ。それでも毎日送ってくれるんだって。凄いよね」
母親は困惑した。(相変わらずミーナは説明するのが苦手なのね)
「あのね、神様からミーナお姉ちゃんに神託があったの。ボク達家族を見守ってくれてるんだって。それで苦しんでるボク達を助けてくれるそうで、毎日食べ物を届けてくれるって言われたらしいよ」
タルク、素晴らしい説明をありがとう。
「そうなの? タルクが言うなら本当なんでしょうね。神様にお礼を言わないといけないわね。さあ、お祈りしましょう」
ミーナ。くじけずに頑張るんだぞ。
三人は目をつむり、両手を胸の前で合わせて静かに黙祷する。
「神様ありがとう。とても美味しかったです。出来ればお母さんの病気を治して下さい。一週間ほど前から熱が出て体の節々が痛いそうです。食欲はあまり無く、体がダルくて立ち上がる事が出来ません。そして呼吸が苦しくなることが増えてきました。体に発疹とかは無いです。怪我などもしていません。森にある薬草は、外傷に効くものしか見つからず困っています。どうか宜しくお願いします」
お祈りは黙祷のようだったが、ミーナはブツブツと声に出して祈っていた。
ミーナ。今回だけはナイスだ。それも詳細に語ってくれてありがとう。(さっき母親に説明した時とは大違いだな)
僕はネットで母親の病気の症状を入力して調べてみた。
調べた結果だが、風邪から肺炎になりかけていると思うが、インフルエンザのようにも思える。僕はどうしようかと悩んだ。そして僕は重い腰を上げ、部屋の外に出た。
行き先は兄の雅人の部屋。今日、仕事は休みなので部屋にいる筈だ。
兄は一時期、医者を目指していた。大学も医学大学に通っていたが、親から家業を継いでくれと懇願され、雑貨の輸入販売店の次期社長として働き始めた。
兄とは引きこもりになってから、ほとんど話していない。兄はとても優しい。僕が逃げているだけなのだ。でもアズール家族の為だ。
コンコン 「兄さん、少しいいかな」
しばらく待つとドアが開いた。
僕より頭一つ背が高く細身、短い清潔感ある髪型。眼鏡を掛けて優しそうな顔をした兄が少し微笑みながら現れた。
「春馬か。どうした?まあ、俺の部屋に入って来い。久し振りに話をしよう」
「うん」
兄の部屋は六畳。この家は僕が小学六年の時に建て直した家だ。兄の為にと親が広い部屋を準備していたのに、我儘な僕が泣いて「広い部屋がいい」と駄々をこねた。兄はそれを見て笑って部屋を交換してくれたのを今でも覚えている。(とても恥ずかしい)
兄の部屋には、ベッドと少し大きめの机、あとは壁一面の本棚。兄は机の椅子に座り、僕はベッドに腰掛けた。
兄は僕を見て、なにも言わずに微笑んでいる。僕から話すのを待ってくれているのだ。
「兄さん、その、相談があって‥‥‥」
どう話そうかと悩む僕。
「ああ、なんでも話せ。お前は人に気を使い過ぎるところがある。俺達は兄弟だ。それは何があってもだ。変わることはない」
やっぱり兄は優しい。
僕はアズール家族の事は伏せて、ネットで知り合った一人住まいの友達が病気になっている事にして病状を話した。
兄は少しだけ考える。
「うーん、断定は出来ないがほぼ間違いはないと思う。それはインフルエンザだな。風邪であれば、関節の痛みはあまり起きることがない。他の症状も合わせての見解だ。それと肺炎になり掛けているかも知れない」
インフルエンザか。ミーナとタルクは元気だが、大丈夫なんだろうか。
「友達の友達が、何度もお見舞いに行ってるみたいだけど大丈夫なのかな?」
兄は僕をじっと見る。暫くして、微かに呆れた顔をして話し始めた。
「インフルエンザになるかもな。友達の友達はせめてマスクをするべきだ。そして熱が出始めたら病院に行った方がいい。病気の友達は今すぐにだ。だが、その友達達は病院には行けないんだよな?」
うっ、見透かされてる。
「市販の風邪薬じゃ治らないの?」
「風邪薬では治らない。反対に良くない場合もある。自然治癒する場合もあるが、聞いた限りではもう無理だ」
そうなんだ‥‥‥‥
落ち込む僕を見て、兄は助け船を出してくれた。それもとびきり上等なやつを。
「お前、冬にインフルエンザになったよな。薬嫌いのお前の事だ。症状が少し良くなった後、飲まずに隠してるんじゃないか?本当は治っても全部飲み続けるもんだがな」
おおお!そうだった。錠剤タイプの薬を持ってるぞ!それもほとんど残ってる。
僕は薬が嫌い。初日に飲んで少し良くなったので、それから食事と一緒に出てくる薬を飲まないで机の引き出しの中に入れていた。
「そうだった。僕の部屋の机の中にあるよ。兄さん、ありがとう。これで何とかなるかも」
僕は立ち上がり急いで部屋を出ようとした。
「春馬、いい顔で笑うようになったな。それでいいんだ。また何かあれば相談しに来い。ただ話に来るだけでもいいぞ」
「うん、ありがとう!」
「薬は治っても全部飲ませるんだ。友達の友達にも一回だけ飲ませろ。あと、水分補給を忘れるなよ」
僕は兄にお礼を行って部屋を飛び出した。
未だ名前を知らないお母さん。待っててね。僕が必ず治してみせるから!
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