第5話 アズール家族を救え(3)
僕は「神のお告げ」の送り先を間違えたのではと少しだけ後悔している。
ミーナ。手強い女の子だったのね。
「ミーナお姉ちゃん、ボク達は覗かれてるの?どうしてそれが判ったの?」
お?ナイス誘導尋問だ。タルク。そのまま色々と聞いて、お姉ちゃんを正解に導くのだ。その先には美味しい食べ物が待ってるぞ!
「それがね、頭の中で声が聞こえたの。『私は神だ。いつでも見てるぞ』ってね。なんか怖いよね~。私の下着姿が見たいのかしら?」
確かに見たけど‥‥‥‥でも今はそこじゃないでしょ?その後に言った言葉を思い出して!
「ふふ、本当に神様だったらミーナお姉ちゃんのパンツなんか見ないよ。神様が言ったのはそれだけなの?」
ごめん、思春期真っ盛りの神様なんだ。(あ、僕は使徒だった。今更訂正するのも面倒だからこのまま神様でいいや)
ミーナは目を閉じて思い出そうとしている。そして「カッ!」と目を見開くと勢いよくタルクに向かって話し始めた。
「神様が助けてやるって言ってたわ。食べ物を毎日送ってくれるって!」
よし、時は来た。「神の施し」発動だ!
僕は「神の施し」にカーソルを持っていき、超高速連打でクリックした。
「ブウォン」と音が鳴り、テーブルの上にあった段ボール箱が消えた。
「「わぁ!」」
そしてノートパソコンから聞こえる歓声に、僕は鼻高々にモニターに映る二人を見た。
「神様が私に木をぶつけようとしたわ!」
「……………」
荒ぶるミーナ。そして項垂れる春馬。
だがそこに救世主が現れた。
「ミーナお姉ちゃん、触ってみたけど、これ木じゃないよ。中に何か入ってるみたい。真ん中に線があるから開くんじゃないかな?」
突如、台所のテーブルに現れた段ボール箱に対して、大きな勘違いをする姉と冷静な判断で物を見極めた弟。
やはり僕は人選を誤ったようだ。
「あら?本当ね。タルク、危険な物があるかもしれないから私が開けるわ。少しだけ後に下がってて」
「はーい」
姉の威厳を取り戻そうとしているのか、ミーナは可愛い顔をキリッとさせ、慎重に段ボール箱の蓋を開けていく。チラチラとタルクの様子を伺いながら。
段ボール箱の蓋はテープをしていない。合わせ目がキッチリしていたので必要なかった。なので簡単に開けれるハズなのだ。
「バスッ!」
なかなか開ける事が出来なかったミーナは蓋を上から押し潰した。
(くっ、コイツ‥‥‥天然だけかと思ったらゴリ押し女でもあったのか)
「ほら、簡単に開いたわよ。見たところ危ないものは無いみたい。どうタルク、お姉ちゃん凄いでしょ?」
「うん、ミーナお姉ちゃんカッコいい!」
タルク、お前は本当にいい弟だよ。
ミーナはそのまま覗き込み、タルクは椅子の上に立って覗き込んだ。
「うわ!ミーナお姉ちゃん、真っ白いパンがあるよ!それにとっても柔らかい。ボク、こんな美味しそうなパン、初めて見たよ」
食パンを手に取って大興奮のタルク。
ミーナはその横にあったジャムの瓶を手に取り蓋を開けると、人差し指をズボッと第二関節まで差し込みすくい上げ、口に入れた。
(可愛い顔して男前だな!)
「これは野いちごのジャム?でも、こんな甘いジャムは産まれて初めて食べたわ。これならお母さんも喜んで食べてくれそう」
「このパンに塗って食べたらお母さん元気になるんじゃないかな!」
二人共、お腹が空いてる筈なのに、母親に食べさせる事を第一に考えていた。
ミーナ、天然でゴリ押し女だけどお前はいい女だ。タルク、百点満点花丸だ。
ミーナは続いてペットボトルの果汁100%ジュースを手に取って不思議そうに見ていた。
「これ、中身は飲み物よね。オレンの色をして美味しそうだわ。でもどうやって蓋を開ければいいのかな?引っ張っても開かないわ」
あちゃー、ペットボトルの蓋が開けれないのか。回して開けるの判らない?タルクに見せるんだ。彼ならすぐ判る筈だ。
ミーナは少し悩むと腰に差したナイフを抜き取りペットボトルの首の部分にあてた。
(え?ゴリ押し女するの?)
「ふんっ!」
勢いよく飛んでいくペットボトルの首から上の部分。血が飛び散るかのようにジュースが舞い散った。ミーナはしてやったりと目を細めて微笑んでいた。(お前、怖えーよ)
手に付いたジュースを妖しい顔をして舐めるミーナ。(もう僕にはお前の性格が判らない)
「タルク、これオレンのジュースみたい。それもとびきり甘くて濃くて美味しいわ。パンと一緒にお母さんの所に持って行くわよ」
ミーナは食パンを二枚取り出し、ナイフで一口サイズにカットしてジャムを塗り、木の皿に盛り付けた。そして木のコップ二つにオレンのジュースを注ぐと、トレーに乗せて母が寝ている寝室に向かった。
タルクも母親の喜ぶ顔が見たいのか、スキップでミーナの後を付いていく。
僕も画面を見ながら嬉しくなってきた。
「お母さん、起きれそう?」
ミーナが優しく声を掛ける。
母親は目を開けると二人を見て微笑んだ。
「ええ、大丈夫よ。もう晩御飯の時間なの?まだ明るいみたいだけど?」
ミーナはベッドの前にある丸椅子にトレーを置いて、母親の背中を支えて起きるのを手伝った。タルクはニコニコしている。早く食べてもらいたいようだ。
ミーナはもう一つある丸椅子に座り、パンを盛り付けた皿を手に取り母親の前に置く。
「お母さん、美味しいパンが手に入ったの。頑張って食べてみて」
タルクもベッドの脇に座り、母親の顔をじっと見ていた。
母親はパンを一切れ手に取り口に入れる。ゆっくりと口を動かし味わうように食べていた。
「とても美味しい」
母親はもう一切れ手に取ると、さっきと同じ様に美味しそうに食べていた。いつもは無理して食べていた母親。食べている顔を見れば、その違いは一目瞭然だ。
久し振りに見た母親の笑顔にミーナは涙を流した。今までも笑顔であった母親だが、辛い事を隠した笑顔である事を二人は見抜いていた。
僕はまた泣いていた。何故かミーナとタルクの感情が伝わって来ているようだった。
そしてミーナは、ジュースを注いだコップを母親とタルクに手渡した。
「これはオレンのジュース。とても美味しかったの。さあ飲んで」
ジュースを受け取った母親とタルクが目を合わせると、とても幸せそうな笑顔で笑い合っていた。そしてその笑顔をミーナに向けた。
「「いただきます」」
三人は笑い合い、美味しそうに食べて飲んでいた。なんて素敵な光景なんだろう。
僕の心にもアズール家族の幸せが舞い込んで来たようで、とても暖かい気持ちになった。
よし、まず第一歩目は成功だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます