第3話 アズール家族を救え(1)

 突如始まった物語。


 それは怠惰の神の使徒となり、信者を増やすことを使命として僕こと中里春馬が異世界を駆け巡る。筈であったが、僕は今、自分の部屋でノートパソコンのモニターに釘付けだ。


 時刻は朝の五時前。


 僕はまだ寝ているアズール家族の家を調査中だ。まずは家の間取り。六畳ほどの台所と寝室。以上だ。トイレ? うん、家の外にあったよ。掘っ立て小屋の中に穴が空いてた。

 木を敷き詰めて落ちないようにしていた。勿論ボットン便所。柔らかそうな手のひらサイズの葉っぱがたくさん置いてあったよ。


 お風呂は見当たらなかった。多分にお湯を沸かして布で拭くんだろうね。あと、近くの川とかで水浴びするのだろう。


 パソコンのモニターで見れるのは、家の周り半径十メートルほどまでだ。視点を調整すればその先を見ることは出来る。見える範囲には他の家は無かった。

 この場所は森の中だったが、森の奥深くとかでは無さそうだ。家の前には小さいが畑らしきものがあったが、萎びた野菜らしきものが少しだけ目についた。


 視点を家の中に戻し台所を映し出す。


 食べ物らしきものは見当たらない。そして父親も見当たらない。(外に狩りとかに出ている訳ではなさそうだ)


 アズール家の調査完了。次はこのシステムの調査だ。右にある項目は数少ない。


 1.神のお告げ 一日一回(三十文字以内)

 2.神の施し  一日三回

 3.神の雷   一日一回

 4.ーーーー

 5.ーーーー


 以上だ。


 あとは、視点を操作する右下の矢印と画面下のチャットウインドウだ。もしかして神とチャット出来るの?と試してみたが反応は無かった。(入力は出来たよ)


 ほんと説明不足だよな。ヘルプ機能かチャットで対応して欲しいものだ。


 項目1~3は試してみるしかない。項目4と5はなにか条件をクリアすると追加されるのだろうと考えられる。


 そして遂にアズール家族に動きがあった。


 台所に入ってきたのはベッドで一人で寝ていた女の子。簡素な服を着ている。(別に下着姿を期待してた訳じゃないよ?)


 壺の水で顔を洗って背伸びをする女の子。竃に薪と小枝を入れると手のひらを竈に向けた。

「種火」と可愛い声で叫ぶと、手のひらの先に小さな火が現れて小枝に火が着いた。


 おお!魔法ですやん。獣人は魔法を使えないラノベが多いけど、この世界では使えるようだ。それにしても初めて女の子の声を聞いたな。なんとか名前も知りたいものだ。


 女の子は外に出て、畑から萎びた野菜を二本抜き取って戻ってきた。野菜は見た目、大根のように見える。刃の欠けたナイフで葉っぱをみじん切り、身の方はぶつ切りにしている。


 竃に水を入れた鍋を置き、沸騰した頃に身の方を入れていた。そして五分ほどしてみじん切りした葉っぱを入れると、脇にあった小壷に手を入れ白い粉を少しだけ振り掛けた。多分に塩だろう。味付けはその僅かな塩だけのようだ。


「タルク、朝だよ。ご飯出来たよ~」


 女の子が寝室に向かって叫んだ。(あの男の子の名前はタルクか)


 しばらくすると寝室のドアが開き、目を擦りながら歩いてくる男の子。身長120cmほどでオレンジ色のボサボサの髪。目がクリッとして可愛いらしい。


「ミーナお姉ちゃん、おはよう」


「はい、おはよう。まずは顔を洗いなさい。あら、髪がボサボサじゃない。あとで櫛で直してあげるわ」


「はーい」


 ナイスだタルク。女の子の名前はミーナだな。これで母親の名前が判ればコンプリートだ。(誰が教えてくれるのかな?)


 タルクは顔を洗うと椅子に座る。そしてミーナが木の器に作ったスープ?を入れてタルクの前に置いた。


「お代わりあるからしっかり食べるのよ」


 ミーナはそう言って向かいの椅子に座った。タルクの食べる姿を見るようだ。そのタルクは可愛い顔を少しだけ歪めて話し始めた。


「ミーナお姉ちゃん、また朝御飯食べないの?ボクはこの一杯だけで十分だよ。だからミーナお姉ちゃんも食べてよ」


「ふふ、タルクは優しいね。お姉ちゃんはご飯を作る時に味見しながら作ったから、お腹空いてないんだよ。だから気にせずにたくさん食べなさい。育ち盛りなんだからね」


「‥‥‥‥‥うん、判った」


 僕が見る限りミーナは味見なんてしてなかった。そしてその事をタルクも気付いてる。多分これが毎日の事なんだろう。


 僕はモニターを見ながら涙を流していた。


「この姉弟を助けたい」


 心からそう思った。


 そしてタルクはお代わりを食べると「ごちそうさま」と言って、食べたあとの食器を手に持ち流し台へと持って行く。


 なんて出来た弟なんだろう。あーもう飴ちゃんあげたい。頭ナデナデしてあげたい。


 そしてミーナはタルクが食べ終わったのを見届けると、タルクのボサボサの髪を櫛で直してあげていた。それが終わると残りのスープを器に入れ、水の入ったコップと一緒にトレーに乗せて母親が寝むっている寝室に向かった。


「お母さん、ご飯が出来たよ。起きて少しでも食べて。でないと病気が治らないよ。薬があればいいんだけど‥‥‥今日も森で薬草を探してみるからね」


 ミーナの後ろを付いてきたタルクが、母親が目を覚ましたのを見ると、ベッドの側に来て起きるのを手伝っていた。


「タルク、ありがとう」


 母親からお礼を言われたタルクは、満面の笑みで語り掛ける。


「父さんが狩りで死んだから、この家は男のボクが守るんだ。だから安心してゆっくり休んでね。お母さん」


 母親はタルクの頭を優しく撫で、ミーナはその光景を見て微笑んでいた。


「さあ、ちゃんとご飯を食べてね。タルク、抱き付いてるとお母さんがご飯食べれないよ」


「はーい」


 母親は食欲が無さそうだが元気になる為か、頑張って全部食べきっていた。それを見て安心する姉弟。母親を再び寝かせると、姉妹は静かに台所に行く。


「じゃあ、お姉ちゃんは森に薬草を探しに行ってくるね。タルクは大人しくしておいてね。昼には戻ってくるからね」


「はーい。ボク、畑の雑草を抜いて水撒しておくからね」


「ふふ、ありがとうね。家から離れては駄目よ。それとお母さんの事を頼むね」


「任しといて」


 ミーナはタルクの頭を撫でると、籠を背負って手に槍を持ち、家を出ていった。


 僕は溢れ出る涙をそのままに、どうすればいいのかを考える。優先事項は食べ物と母親の病気の治療だ。


 右端の項目を再度見る。


「神のお告げ」これで僕の存在を知ってもらう。それで母親の病気がなんなのかを教えてもらい治療薬を準備する。


 そして「神の施し」だ。これは僕からアズール家族に物を送る事が出来るのではないか?


 僕は一日一回で三十文字までしか伝える事が出来ない「神のお告げ」を使うことにする。


 さて、どう言ったお告げにすればいいのだろう。文字数は限られている。伝えきれなければ明日に持ち越しになる。


 春馬は生まれて初めて真剣に悩んでいた。


(あ!母親の名前も知りたいな。三十文字じゃあ今回は無理だろうな?コンプリートしたかった‥‥‥‥)


 少しだけ違っていた。

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