第2話 そして始まる物語

 翌朝四時。いつもなら遅くに起きるが、今日はとても早起きの僕だった。


 だって昨日起きたことが頭から離れないんだもん。ノートパソコンからは、音楽が流れっぱなしだし‥‥‥‥


 僕は諦めてベッドから降りてノートパソコンを前にして座った。


 昨日と変わらない画面。


 約十六時間眠った僕の頭はスッキリを通り越して覚醒状態である。


(うん、これは運命だ。僕が変われるチャンスを神様が与えてくれたんだ。そう思うことにしよう。よし!押しちゃうぞ)


 僕はマウスを強く握り締め、「使徒となる」にカーソルを合わせる。


(このマウスをクリックすると、僕は異世界に行くのだろうか?何も準備しなくてもいいのか?てか、信じてる僕が少し怖い)


 寝巻き姿の僕は立ち上がる。そして異世界行きの準備を始めた。クローゼットから大きめのリュックを二つ出し、一つには着替えとタオルを入れる。毛布も必要かと悩んだが、かさ張るので諦めた。その変わり着ていく服にジャンパーを追加した。(今は夏だけど異世界が夏かどうか判らないしね)


 そしてもう一つのリュックを持ってキッチンに向かった。食料調達の為だ。家政婦さんは朝七時に出勤して夕方四時に帰宅するので今は居ない。兄と妹はまだ寝ている。


 キッチンの冷蔵庫を開けると、昨日の晩御飯と思われるものがラップに包まれていた。

 おにぎりとトンカツだ。僕はタッパーを見つけて詰め込む。付け合わせのサラダを食べながら。(残すのは良くないからね)


 そして調理しなくても食べれそうなものを探した。冷蔵庫にあったのはソーセージくらい。家政婦さんは毎日買い物して来るから食材は朝食用くらいしか無い。あとは棚にあった食パンと保管庫にあった缶詰めを持ち出した。


 また、その保管庫でいいものを見つけた。防災用グッズが詰まったリュックだ。僕はそのリュックが二つあったが一つだけ持ち出した。

 それから玄関に行き、丈夫そうな靴を選んで手に持ち部屋に戻った。


 ヘルメットが無いかと探したが、見つからなかったのでキャップを被る。そして大事な武器だがキッチンから包丁一本を持ち出した。(危ないからタオルでグルグル巻きだ)


 服を着替えて靴を履く。靴の汚れが気になるが無視をした。リュックは三つあるので一つを背負い、残りの二つは両肩に引っ掛ける。


 準備万端だ。(大丈夫かな?)


 そして僕は膝をついてテーブルにあるマウスを握り、再び「使徒となる」にカーソルをあわせる。そして勢いに任せてクリックした。


 そして待つこと一分。なにも変化無い。


 いや変化はあった。パソコンのモニターに表示されている内容だ。


「はぁ、期待した僕がバカだった」


 担いでいた三つのリュックを横に置き、靴を脱いで季節外れのジャンパーを脱ぐ。そして冷蔵庫からコーラを取り出して、緊張で乾いた喉を潤す為に半分ほど飲んでテーブルの前にドカッと座った。(ああ、飲み物持っていくの忘れてたな。もう必要無いけどね)


 そして僕はパソコンのモニターを見た。


 モニターに映し出されているのは何処かの家の中のようだ。屋根をカットした状態で上からの視点で一つの部屋が見える。

 モニターの右端には、何種類かの項目が表示されている。その項目の一番下には全方向に移動を促す矢印があった。


 今、映し出されている部屋は台所のようだ。広さは六畳ほどだろうか。四人用のテーブルがあり、流し台と竈がある。その横には大きな壺があった。(水が入っているようだ)


 異世界ファンタジーでよくある光景だ。


 僕は人が居ないのかと、右下の矢印を操作した。この矢印の操作で視点を変える事も出来て、部屋を移動することも出来た。


 そして見つけた。


 台所から隣の部屋に移動すると、そこは寝室であった。ここも六畳ほどの広さでベッドが二つ両サイドに置いてあった。

 そしてそのベッドで寝ている人影が三つ。母親らしき女性と子供が一つのベッドで寝ており、もう一つのベッドには一人だけ寝ていた。


 僕はその人物をよく見ようとズーム機能を使う。まずは親子と思われる方から。


 季節が夏なのか、薄い布をお腹の辺りに掛けているだけだった。ゲームのような画像ではなくリアルな映像だ。(これってほんとの映像のような気がしてきた。僕って犯罪者?)


 それでも僕は欲望に負けてズームした。そしてそこには綺麗な寝顔をした二十代前半と思われる女性の顔。そして少し下にズレて、可愛い顔をした男の子の顔があった。


 母親と思われる女性は少しやつれていて顔色が悪い。(病気なのだろうか)男の子の方も、やつれているようだが病気ではなさそうだ。


 そして驚いたことに頭の上には、三角の獣耳があった。(猫じゃないな。犬?狼?)

 続けて隣のベッドに視点を変える。そこには薄い布をベッドの下に投げ出して、下着姿でお腹丸出しの女の子が寝ていた。


(うわっ!ごめんなさい!)


 と、言いつつも視点はそのままでズームする僕は思春期真っ盛りの男の子。「これはゲームの映像なのだ!決してリアル映像ではないのだ!」と、本当はリアルだと思っている心を騙してじっくりと観察する僕であった。


 うん、パンツは紐パンなのね。


 足元からゆっくりと上に視点をスライドさせる犯罪者の春馬。日に焼けた足は細く、体つきも細かった。仰向けに寝ているお尻付近から、細長い銀色のしっぽが少し見えた。

 身長は140cmくらいだろうか。肩くらいまでの銀色の髪で可愛い顔だ。寝ているので瞳の色は判らない。そしてこの女の子もやつれた顔をしていた。


 僕はこの家族と思われる三人の事がとても気になった。何故こんなにやつれているのだろうと。父親は居ないのだろうか。母親は病気なのだろうかと。


 僕は確信している。これはゲームなのではなく、異世界の住人を映し出しているのだと。


 ならば僕は何故この映像を見せられているのだろうか?その疑問はすぐに解決した。


「ピコン」と電子音が鳴ると、画面下側にチャットウインドウが現れた。そしてそこにはメッセージが入っていた。


『アズール家族を救い、怠惰の神の信者へと導くのだ』


 うん、やっと流れが見えてきた。(説明が少な過ぎない?操作方法も手探りだし)


 ここから始まるのだ。僕とアズール家族との物語が。

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