第91話 感謝と文句のしるし

「お、いらっしゃ~い」


 病室に赴くと、丸椅子に座ったヒナタが出迎えた。

 ベッドに座るリラと談笑していたようだ。


「あれ? ラルー様は?」


 アイラがそう聞く。

 確かここにはリラの母ラルー・ブラウンもいたはずだが、今はその気配も感じない。

 ラルーもブラウン家の爆発により重傷で、まだ完治はしていなかったと記憶しているが。


「あぁ~リラちゃんのお母さん?」


 ヒナタが「イヒヒ~」と含み笑いする。


「なんか病室移されちゃった。このままじゃ治るものも治らないってお医者さんに怒られちゃって」

「あぁ……そうですか」


 予想通りという風に肩を落としてため息を吐くアイラ。

 その気持ちはギバにもわかった。


 おおかた、ラルーがリラを溺愛しすぎて怪我が悪化したのだろう。


「リラちゃんのお母さんは猛反対だったけどね~。すごい発狂しちゃって。まぁ大変」


 ヒナタは実際にその現場を目の当たりにしたのだろう。

 思い出したように笑っている。


「最終的には眠らせて、無理矢理、病室を移動させたんだ」


 ヒナタは何かしらの魔道具を見せるように取り出した。

 おそらくヒナタが作った人工の魔道具だろう。

 この魔道具を使ってラルーを眠らせたに違いない。


「そうか。大変だったな」

「問題ないさ。試作品の実験にもなったし」


 さらっと言った物騒な発言。

 ギバとアイラは目を丸くする。

 ラルーの安否が心配だ。


「はぁ」


 アイラは大きくため息を吐くと、


「ラルー様の様子、診てきます。ヒナタ、ちょっと来なさい」

「頼んだ」

「えぇ~! 僕も~?」


 すぐにヒナタを連れて病室から出ていった。

 残ったギバはヒナタが座っていた丸椅子に座ってリラを見た。


「調子はどうだ?」


 リラは笑みを浮かべた。


「すこぶる元気です」

「そうか」


 少し安堵する。魔道具による精神交換が身体にどんな影響が出るのか計り知れなかった。

 ましてやリラの精神は一時拡散しかけていたのだ。

 何があってもおかしくない。

 けれど見た限り血色も良さそうで後遺症もなさそうだし、自分でもそう言っている。

 精神にも異常がないなら、ひとまず安心してもいいだろう。


「ヒナタ様には苦言を呈されてしまいましたけどね」

「なに?」


 しかし不穏な発言をするもんだから、ギバの眉間の皺は深くなった。

 一方のリラは気楽に微笑み続けていた。


「『精神なんて見えないんだから、完全に戻ったなんて誰にもわからない』って」

「…………」


 ハレーの内部に拡散したリラの精神。

 ハレー本体に入ることができず、庭ほどの大きさの空間に精神が漂った。

 ギバが『交換の魔道具』を使った場所はハレーの膜近く。

 中心には行くことができず、それ故にギバがいた位置より一番遠くにリラの精神があった場合、それを回収することができたかどうか。

 尚且つ『交換の魔道具』の有効範囲を考えると、漂った精神が全てリラの身体に戻ったとは考えにくい。


 ヒナタはそうリラに説明したそうだ。


 その説明を聞くと、ギバも納得する。

 リラの精神は完全には戻っていないのか、と。

 自分の依頼は失敗に終わったのだ――。


「でも良いんです」


 リラの発言にギバは目を丸くする。


「今のわたしでもお父様やお母様の愛情がわかります。ギバ様との日々だって、その日々をどう感じたかも思い出せます。

 ヒナタ様の魔道具にだって興味を惹かれました。

 夢や目標だって変わりませんでした」

「…………」

「だから良いんです。例え九割……八割しか戻っていなくてもわたしはわたしなんですから」


 リラの目には芯があり、確固たる意思があった。

 その目を見た瞬間、ギバはふんと笑みを浮かべた。


「変わったな」

「え!? わたし、やっぱり変でしたか? リラじゃありませんでした!?」

「強くなったということだ」


 焦るリラにギバはそう言う。

 その言葉にリラは信じられないと目を丸くするが、やがて嬉しそうに笑みを溢した。


「ギバ様のおかげですよ」

「……そうか」


 ギバも満足そうに口角を上げた。相変わらず眉間には皺が寄ったままだが。


「ところでこれからどうするんだ?」


 ひとしきり静かに笑い合った後、ギバはリラにそう質問した。


 フォード・ブラウンが死亡した今、ブラウン家の直接の血筋はリラだ。

 ブラウン家の納める領地の務め。

 ラルーもいるとはいえ、やはりブラウン家の血筋でなければ領民の不安は大きくなるだろう。

 だが、リラにはアストロのように旅に出たいという夢があった。

 その夢を実現させたいなら、ブラウン家及び領地を捨てなければならない。


 成人前の娘にこれを聞くのは酷だが、ギバは敢えて聞いた。

 それはこの一月ひとつきを通してリラが敏く責任感もあり、もう一人前だと認めたからに他ならない。

 それに彼女がどういう選択をしようとギバは助ける覚悟があった。

 今回の一件での借りを返すために。


「わたしは」


 リラは口を開いた。


「リラ・ブラウンです。ブラウン家の長女で、お父様が無くなった今、ブラウン家の未来はわたしに懸かっています」

「……そうか」


 つまりリラは家に残り続けるということか。

 だったら――。


「ですが夢も諦めません」

「? どういうことだ。君の夢は確かアストロのように旅に出ることだろう?」

「それもそうですが、『星を観察して魔道具を探す』というのが夢の目的です」

「…………」

「星はわたしの家からでも観察できます」

「魔道具はどうする? ブラウン家にいたままだと探すこともできないぞ?」

「えぇ。ですからわたし――『騎士団技術班』に入ろうと思います!」

「!!」


 ギバは驚きのあまり絶句した。


「実はヒナタ様から誘われたんです。『君の知識が必要だ』って」


 まるで初めてお会いした時のバナナ盗賊団のリーダーシュント様みたいですが、とリラはクスクスと笑う。


「ですが、今回は悪い人ではありません。ギバ様も所属した騎士団ですし、ヒナタ様も信用できます。

 ですからわたしはそこで魔道具の研究をしていこうと思っています」


 技術班は王都にある。

 そこで研究をしていくのだからブラウン家から大して離れるわけでもない。

 大変だろうが、リラは領主としての責務と魔道具研究という夢を両立させるつもりなのだろう。


 リラの目は未来を夢見て輝いていた。

 そんな眼差しを見たら、文句は言えない。


「わかった」


 ならば何も言わない。

 自分はそのリラを全力でサポートする。

 それがリラに対する自分の責任だ。

 ギバは決意を固めた。


「あ、最後に」


 そんなところで、思い出したようにリラは黙ってクイクイと手招きする。

 近づけということか、とギバはリラの方に顔を近づけると、


 ――ペチン


 そういう音と共に小さな手がギバの頬を叩いた。

 何が起きたのか理由がわからず目をパチクリとさせていると、犯人は笑みを浮かべたままだ。


「これは今までの感謝と文句のしるしです」

「…………」

「もう簡単にはできなくなりますから」

「…………そうか」


 目を閉じそれを甘んじて受け入れる。

 こんな日々も懐かしく思う日が来るだろう。

 いつかリラが大きくなった時にでも酒を酌み交わしたいものだ。

 責任の増したリラに今日の日のことを言って慌てさせてやる。

 ギバは笑みを浮かべ立ち上がった。


「もう時間だ。そろそろ出る」

「はい」


 ギバは病室の扉に手をかけ静かに開けた。


「また今度」

「はい。ぜひまたお会いしましょう。


 それを聞くと、ギバはゆっくりと外に出た。

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