最終章

第90話 墓の前で

 花を添える。白い百合の花。

 静かに置くと、立ち上がりゆっくりと一歩後ろに下がる。


 合掌。


 あの事件から数日が経過した。

 バナナ盗賊団のリーダーは死亡。

 アジトにいた幹部達は捕まえり、事実上の解散。

 アジトにはいなかった幹部や下っ端共は未だ逃亡を続けているようだが、ワクが所属する自警団と騎士団第一師団が事件後も捜索を続けているから、捕まるのも時間の問題だ。


 功績はアイラ・マヤ率いる騎士団第一師団が受けることになった。

 アイラはこれを一時、猛反対した。

 ギバ・フェルゼンやリラ・ブラウン、そして自警団のおかげで事件が解決できたのだからその者達に与えられるべきだ、と主張した。


 だが、騎士団の威信にかかわると元老院が頑なに拒否。

 ギバやリラ、自警団達も功績は必要ないと宥められ、渋々アイラは恩賞を貰い受けた。

 ハレーによるテロを未然に防いだのはギバさんやリラ様達のおかげなのに、とぶつくさ文句を言いながら。


 そんなリラは現在病院で安静にしている。

 一日で『交換の魔道具』により3回も精神が出たり入ったりした。

 検査したところ何も問題は出なかったが、大事をとって、ということらしい。

 病室はリラの母であるラルーと同じになった。


 余談だが、リラが病室に着いた瞬間、ラルーは何かを感じたのか目を覚ました。

 ラルーは目を覚ました瞬間、「私の回復には天使むすめが重要よ!」と同じベッドにリラを寝かせ抱き枕のごとく抱きしめた。

 これにはリラも苦笑いをしていたが、母の極度な愛を仕方なく受け入れていた。




 そしてギバは、というと――。




「ここにいましたか」


 そんな声が後ろから聞こえたから目を開ける。

 振り返ると、二本の百合の花と一本の傘を携えてこちらに向かってくるアイラの姿が目に映った。

 騎士の鎧は着ておらず、黒い衣装を身に纏っている。

 ギバも同じだ。防具はなく黒いスーツを着ていた。


 アイラはギバを横切ると、目当ての場所へ。

 百合の花をそれぞれ置くと、先ほどギバがしていたように合掌し、目を瞑った。

 横並びに建てられた二つの墓。

 ひとつには『エリー・ホワイト』。そしてもうひとつには『シュント・リガイ』と名が彫られていた。


 静寂が二人の間で流れる。


 王都近郊のこの場所は中央貴族の墓が立ち並ぶ墓地。

 王都の喧騒から離れていて、生き物の気配すら感じない静かな場所だ。

 だから二人が黙れば、必然的に無音になる。

 だけどそれが嫌だとは思わない。

 ここの雰囲気がそうさせているのか、無理に話そうとは思わなかった。


 しばらくすると、アイラが目を開けた。


「もういいのか?」


 ギバが聞く。


「えぇ。十分です」

「そうか」

「バカなやつでした、昔から」

「…………」

「明るくてお気楽で。エリー様と婚約したのが不思議なくらいでした」

「だが似合っていたな」

「……そうですね。二人でいつも笑っていてお似合いでした」


 切なそうにアイラは二人の墓を見比べて微笑んだ。


「ですからエリー様が死んでどれだけショックだったか計り知れません……」

「…………」

「でも最悪な選択をして結局、死んでしまった……本当にバカです」

「…………」


 騎士団時代の彼の笑顔が目に浮かぶ。


「死んだ時……シュントは何か言っていましたか?」


 そのアイラの質問にギバは思い出す。

 あの時、死にゆくシュントの前にエリーが現れた。

 彼女は手を差し伸べ、シュントはエリーに話しかけているように見えた。

 だが、ギバに対しては何もだった気がする。


 ギバはゆっくりと首を横に振り、


「…………いや……」


と答えようとしたところで思い出した。


「そういえば何かを言いかけていたな」


 確か、


『僕はあんたに……し――』


 そう言いかけた瞬間にエリーを目にして途切れた。

 一連の事件におけるこれまでの言動や行動を考えるに、恐らく『死んでほしかった』と言いたかったのだろうか。

 当然だ。

 自分はシュントの全てを奪ったも同然なのだから。

 最後に恨み言のひとつやふたつ、吐き出されても仕方がない。


 その旨をアイラに伝えると、彼女は「そうですか」と優しく微笑んだ。


「きっとシュントは『叱ってほしかった』んだと思います」

「…………!」

「自分が過ちを犯しているって、間違っているって他の誰でもない貴方に言ってほしかったんだと思います。

 シュントは甘ちゃんですから」


 自分が罪を犯していることはわかっていた。けれど、もう取り返しのつかない場所にいたシュント。

 誰か止めてくれと心の内で叫びながらも、憎悪が抑えきれず実行した。


 そんな彼にギバは何て言ったか。

 シュントがあぁなってしまったのは自分のせいだと頭を下げただけだった。

 今ならわかる。

 彼がその時、なぜ激昂したのか。


「そうか」


 ギバはアイラに見られないように後ろを向いた。


「私はまた間違えたわけだ」


 ポツポツと雨が降ってきた。

 少し激しくなりそうだ。

 ギバは傘を持たず、濡れるがままになる。


 バサッと大きな音を立てて、アイラは持っていた傘を広げた。

 切ない表情でギバの背中を見つめると、こう聞いた。


「傘、要りますか?」

「いや……必要ない」


 ちょうどいい。雨は全て隠してくれるから。

 顔に打たれた雨はギバの頬に伝うものを掻き消した。

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