第88話 傭兵としての依頼(前編)

 暗闇の中、誰かが呼ぶ声を聞いた。

 一筋の光が見えている。

 本能的にその光に向かって進んでいく。


「――――さん!」


 呼び声は次第に大きくなり、はっきり聞こえてくる。

 意識はだんだんと明瞭になり、身体の感覚も戻ってくる。

 重力を感じ、鼓膜が振動し、身体に力を感じた。


「ギバさん!」

「――――ッ!」


 呼ばれる声に反応し、目を開けた。

 目の前には赤い長い髪をした女性が珍しく涙を浮かべながらこちらを見ていた。


「アイラ……くん……?」

「あぁ……よかった……」


 アイラは滲んだ涙を指で拭いつつ、安堵の息を漏らした。


「調子はどうですか?」

「あぁ……」


 起き上がってみる。身体はどこも痛みを感じず、見ると身体中の傷が無くなっていた。

 魔力は回復していないから怠い気もするが、以前よりも軽い気がする。

 重傷で満身創痍な状態だったが、ここまでの回復を見せているということは恐らく。


「『蘇生』を使ったのか?」

「はい。回復してよかったです」

「……陣を出た瞬間、死ななければいいがな」

「ご安心を。ここまで来た時、まだ心臓は動いていましたので」

「そうか……」

「ただ……シュントは……」


 アイラは悔しさと悲しさを入り混じったような顔で陣の外を見た。

 外には遺体の状態のままのシュントが静かに眠っていた。

 同じようにギバも目を閉じ、拳を握りしめた。


「……手遅れだったか」


 わかっていたことだ。

 ギバの胸元で彼の生命活動は終えたのだ。

 『蘇生の魔道具』を使っても、蘇生することはできない。

 シュントは死んだ。

 その魂を弄ぶのは残酷だ。


(安らかに……エリーと共に……)


 心の中で祈ると、目を開ける。

 次に確かめねばならないことがある。


「……リラは無事か?」


 『交換の魔道具』の――想定外の作用による――精神リンクでリラ達の作戦を把握していた。

 その作戦の副作用も。

 リラの魂は戻ったのか。

 それが気掛かりだった。


 だが、聞いた瞬間のアイラの表情でわかってしまった。


「それが――」

「リラちゃん! リラちゃん! 起きておくれ!」

「おい! リラちゃん! 起きろ!」


 アイラが説明する前にヒナタとワクの叫び声が聞こえた。

 見ると、眠っているリラに必死に呼びかけるヒナタとワクの姿があった。

 側には『交換の魔道具』が転がっていて、一回発動をしたのか、緑の光が弱々しく灯っていた。


 ギバは近づく。


「おぉ……ギバさん、起きたか。よかった」

「あぁ」


 ギバの存在に気付き、ワクが安堵の声を上げるが、その顔には冷や汗が噴き出していた。


「……ギバ団長……起きたんだね」


 ヒナタはギバの方に見向きもせず、リラをじっと診ていた。

 側には『交換の魔道具』があり、何かの分析装置――おそらくヒナタが作った人工魔道具だろう――に繋がっていた。


「リラちゃんの精神が戻らないんだ!」


 ヒナタは悲痛に叫ぶ。


「もう一度『交換』を使ったんだけど戻る気配がない」

「ハレーに閉じ込められたままか?」

「……わからない。閉じ込められたか、弾かれたか。一応、あれ」


とヒナタは指を差す。

 そこにはハレーの膜がまだ存在していた。

 魔力が吸収されているから膜はかなり小さい。

 盗賊団のアジトがあった屋敷の正面を取り囲んでいるくらいだった。

 ハレーの魔力を完全には吸収しなかったらしい。


「空気やハレー自身の魔力を通さない膜ではあるけど、精神も通さないことに賭けてハレーは起動中だ」

「あの中に精神が漂っているということか」

「あくまで可能性だ。精神なんて見えないからね。

 けれどハレーにも当然、時間制限がある。ハレー自身の魔力が尽きたら膜は消える!」

「あとどれくらいか、わかるか?」

「おそらくもって5分……」

「……そうか」


 あと5分以内にリラの精神を救わなければならない。

 だが、リラの精神がどこにあるかわからず、尚且つ『交換の魔道具』を使っても戻る気配がない。

 ヒナタは『交換の魔道具』に繋がった分析装置を見つつ、顔を顰めていた。

 どうすればリラの精神が戻るのか、必死に考えているようだ。


 ギバも同じ気持ちだ。リラのおかけで命を救われた。

 精神を賭してハレーの魔力を吸収し膜が小さくなったことで、ギバは死に至る前に脱出できた。

 リラがいなかったら、今頃死んでしまっていたかもしれない。


「まったく……リラちゃんはすごいよ……」


 ヒナタがため息をつきながらそう言う。


「リラちゃん、精神が引っ張られる中、ずっと『交換』を起動し続けたんだ。

 ハレー内部の危ない中、懸命に魔力の吸収に努めた。

 それだけじゃない。

 精神が無くなってもずっと歩き続けたんだ」

「……!」

「気持ちが無くなっても……たぶんギバ団長を助けたいって思いなのかな……それだけで身体だけが動いたんだ。信じられなかったよ」


 ヒナタは泣きそうな顔をしながら、リラの頭を撫でた。


「だから助けたいのに……魔道具研究者失格だよ……。

 せめて精神がどこに集まるか解ればなんとかなるかもしれないのに」

「そうか」


 ギバは『交換の魔道具』を掴んだ。


「…………?」


 その行動に首を傾げるヒナタ。

 ギバは気にせずじっとその魔道具を見つめて、考えるように目を閉じた。


 ハレーの中でリラの気持ちがリンクした時のことを思い出す。


 あれが何故、起こったのか。もしかしたらヒナタなら正確にわかるかもしれない。

 だが、説明する時間はない。

 自分の仮説を信じて、ギバは目を開けハレーの膜を見つめた。


「彼女には世話になった。借りは返さなければならない」


 眠っているリラをギバは抱きかかえ立ち上がる。


「な、何をするつもりだい?」


 慌てたようにヒナタは目を丸くする。

 だが、ギバはそんなヒナタを無視して、ゴクリと喉を鳴らす。


「それに傭兵としての依頼はまだ終わっていない」


 そう言って、ギバはハレーの膜へ突撃した。

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