第85話 元騎士団長の責任

 暴風が吹き荒れる。土埃が舞い、竜巻がいくつもできる。

 上空に開いた風穴から空気が吐き出され、密度は薄くなり、圧力は上がる。

 ここにいる全ての生物がこの空間から逃れようとしている一方、中心で動かない男二人がいた。

 ギバとシュントだ。


 シュントから出る何本もの棘に身体が刺され、魔力も底を尽きたから身体が思うように動かない。

 だがそれでも。


「――ッ!」


 ギバはなんとか抜け出そうともがいていた。

 動く度に身体に刺さる棘が痛む。血が噴き出る。


「どうしたんですか? ギバ団長……」


 シュントは仰向けのまま一歩も動かない。

 地面にも杭のように棘を打ち付け動かないように固定しているのだ。

 ハレーを握る手にも棘が刺さりまくっている。

 口からは血が垂れてきていた。

 だがシュントは痛覚がなくなったかのようにギバに笑いかけていた。


「一緒に死にましょうよ」


 ギバは無視して起き上がろうとする。しかし棘は更に出てきてギバを刺す。


「ギバ団長でも死ぬのが怖いんですか?」

「グッ……!」

「あの世でエリーに頭を下げにいきましょうよ」


 エリーの顔が脳裏に走る。


 妹のように思っていた幼馴染。

 朗らかで優しく、いつも静かに本を読むような娘。

 不器用で無口な自分には彼女の空気感が心地よかった。


 シュントとの婚約の話があった時、素直に喜んだ。

 人懐っこく明るかった。自分とは正反対の男。

 末っ子のような性格で器量も良かった。

 いつも輪の中にいて、アイラもヒナタも含めて皆、気に入っていた。


 静かなエリーに人懐っこく話しかける姿を見ていて、お似合いだと思った。

 シュントも、エリーも幸せそうだった。幸せになってほしかった。


「それとも責任を取れないんですか?」


 だから自分の信念のせいで死なせてしまったことに後悔が残る。

 自分の判断の誤り。

 上に何も言わせないために。騎士団や自警団が正しいことするために。

 上り詰めたのに。


『元老院の信頼を勝ち取れば、私が口添えしよう』


 王の言葉に固執しすぎて、大事なものを、近くのものを見ようとしなかった。

 自分の関係者だからこそ、敢えて私情を捨てルールに従おうとしてしまった。

 その時点で冷静でなかったことに、いつも通りではなかったことに、なぜ気付けなかった。

 信念に従った行動ではなかったと、なぜ気付けなかった。


「ならあんたはクズだ。腐った元老院と同じだ。最後くらい信念、通してくださいよ」

「……………………」


 確かにな。


 ギバの抵抗が緩んだ。

 大事な人を死なせてしまった責任だ。

 何年経ってもこの責任だけは薄れることはない。


 何をしても、何を捨てても、何を辞めても。

 この責任だけはついてまわる。


 誰が許しても、誰かが憎んでいるなら。自分自身が許せないなら。

 責任を取り続けるしかない。罪を償い続けるしかない。

 この責任は死ぬまで続く罰だ。


(もう……死しか償えない……か)


 無残に殺された。救えなかった。

 過ちは消えない。

 これは犯した罪に対する罰だ。

 その報いは受けるべきだ。


 ギバは諦めたように脱力し、シュントはその様子に口角を吊り上げた。


(――ギバ様!)


 しかし。


「…………ッ!!」


 ギバは抵抗を強めた。


 リラやヒナタでさえ想定し得なかった現象だった。

 『交換の魔道具』により引っ張られた精神はハレー本体へ行く前にギバの身体を通り抜けたのだ。

 ギバとリラの精神交換は一月にも及んだ。

 そのためリラの精神は馴染んだギバの身体に引き寄せられた。

 ハレー本体にまっすぐ来ていた軌道がねじ曲がった。


 リラの思いがギバの心とリンクする。


(馬鹿なことを……!)


 歯を食いしばり、ギバの眉間の皺は更に深くなった。


「な……!」


 力が強まるギバにシュントは目を丸くする。


「なんだ!? 急に?」


 棘を追加で何本も刺した。

 満身創痍な身体なはず。

 致命的なダメージも食らっている。

 なのにギバは身体を持ち上げる。


「責任はどうした!? まだ醜く生き残るつもりなんですか?」

「……そうだよ」

「!!」


 ギバは漸く返事をした。


「エリーを殺した責任は確かにある。一生、償えない大きな責任だ。

 たいして誇れない小さな信念のせいで起こした罪だ。

 だから私は信念を捨てたんだ。騎士団長を辞めたんだ」


 ギバは腕に力を入れる。腕に刺さった棘がミシミシと悲鳴を上げた。


「だがな。こんな私を――不器用で信念すらない情けない男を、信じて待ってくれる者がいるんだよ」


 棘にヒビが入る。

 慌ててシュントは体内にある『棘の魔道具』から棘を出そうとするが、


「!?」


 出せなかった。

 魔力の限界。

 あんなに魔道具を使いまくっていたのだ。

 無理もない。


「だから……!」


 棘が砕ける。


「君やエリーに対する責任だけじゃない。あいつらに対する責任も私は取らなければならない!」


 腕が自由になったギバは更に身体中に刺さった棘を掴み、


「うおおおおおおおお!!」


 引きちぎった。棘は大きな音を立ててバラバラに砕ける。

 身体に刺さったままな棘もあるが、解放されたギバに遮るものはなく、勢いよく立ち上がった。

 ギバの身体には刺された跡が何本もあり、血だらけで満身創痍。


「私には全ての責任を背負う義務がある」


 ギバは真っ直ぐシュントを見下ろした。

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