第19話 貴族の娘になった傭兵、大剣を持ち上げる

 中庭に出ると、風切り音はより大きく聞こえるようになった。

 音の出所はすぐに見つかった。


 ラフな格好をした男の立ち姿。

 見覚えはあるが、いつも鏡等で見ている光景とは文字通り正反対になっているが故に奇妙な感覚を覚える。


 男は練習用の木製の大剣を黙々とゆっくりと振り上げ、すぐに振り下ろしていた。

 その動作による空気の急激な変化。

 それが音となり、風となり、ギバの所まで届いた。


「ん?」


 気配を感じたのだろう。

 ギバの方を振り向くと、


「あ、ギバ様。おはようございます」


 少女のような嬉しそうな表情で挨拶をした。

 その表情にギバの眉には皺が寄るが、仕方がないと諦める。

 それよりも意外に思ったことがあった。


「熱心だな」


 まさかリラが自分から素振りをするとは思わなかった、という意味も込めてそう言った。


「そうですね」


 含めた意味を感じ取ったのかどうか、リラ自身も照れたように笑みを溢す。


「なんだか目が覚めてしまって」

「そうか」

「…………」

「…………」

「あの」

「なんだ?」

「どこかおかしなところでもありましたか?」


 心配そうな表情でギバを見るリラ。

 誰かに教えを乞わずに勝手にやった素振り。

 素人の見様見真似だから、変なところなど山ほどあるはずだ、という意図をリラから感じた。

 ギバはその問いに素直に答える。


「いや。特にないな」

「え? そんな……ご冗談ですよね?」


 そんなギバの感想を冗談だと捉えたようだ。

 この数日の生活でギバは冗談を言う人ではないことはリラもわかっているはずだが。

 リラの表情は疑念でいっぱい。


 それもそうだ。

 素人の動きが――それも今まで運動とは一切縁のなかった人の動きが最初から完璧であるはずがない。

 普通ならばそうなのだが、


「いや、本当のことだ」


 実際、リラの動きはギバのイメージ通りだった。

 姿勢も正しく、芯までブレず。

 剣の先まで神経が張り巡らせたその一振りは文句のつけようがなかった。


「そうですか? わたし、運動を全くしたことがないのですが……」


 未だ納得がいっていなさそうなリラ。

 ギバも実のところ驚きはしたが、その疑問に対しての仮説を一応は持っていた。


「おそらく今、君が扱っているのが私の身体だからだろう」

「え?」

「私と君は精神が入れ替わりはしたが、どうやら身体で覚えたことはそのままらしい」


 素振りなど日々の鍛錬はほぼ日課のようにしていた。

 その鍛錬による成果は、意識はしていなかったが、しっかりと身体に染み込んでいたようだ。


 鍛え上げられた馬に初心者が乗っても水準以上の力を発揮できるように、精神がすげ変わっても熟練された身体は良い動きをしてくれるようだ。


「中身が変わっても、私のように動かせることがわかったのは朗報だな」

「……そうなのですか?」


 ギバの説明を聞いても、リラはまだ納得ができていない様子。

 うーん、と考え込むように首を傾げている。


「何か腑に落ちない部分でもあるのか?」

「いえ……大したことではないと思うのですが」


 そう言ってリラは自分が持っている練習用の大剣を持ち上げる。

 木でできていて、刃はもちろんない。


「これ、素振りに使っている大剣です」

「? あぁ。初心者の素振り用としては最適だな」

「実は私、今朝使おうと思っていたのは別のものなんです」

「そうなのか?」

「ギバ様の大剣を使おうと考えておりました」


 ギバは目を見開く。

 鞘のない黒い大剣のことだ。

 刃がなく、その分かなりの重さがある。

 今使っている木製の剣よりも数十倍はあるだろう。


「ですが、持つことすら叶いませんでした」


 案の定、リラはその大剣を持つことはできなかったようだ。


「正確には、持てはするのですが、振り上げることができなくて……」


とチラッと見た先には、ギバの大剣が屋敷の壁に立て掛けてあった。

 おおかた、ここまでは頑張って持ってこれたが、振り上げようとしてよろけたり、転んだりしたのだろう。


「なるほどな」


 ギバは立て掛けてある大剣に向かって歩き出す。


「確かにこの大剣を振るにはコツがいるな。筋力だけでは到底難しい」


 大剣の前に立つと、徐に柄を掴む。


「だが、コツさえ知っていれば」

「――――!」

「こんな非力な少女でさえ持つことができる」


 木の枝を持つように軽々と大剣を持ち上げた。


 少女の身体能力では到底不可能なことをしている。

 それにリラは絶句する。

 ギバはその大剣を軽く振る。

 風切り音がゴォォと低く大きく唸った。


「いったい……どうやって?」


 驚きのあまり小さく口には出す。

 そんなリラの質問に答えようと大剣を再び壁に立てかけ、ギバは口を開く。


「大したことではない。君も出来るようになる」


 信じられない、とでも言うようにリラは目を丸くしていた。

 自分の身体だからこそよくわかっているのだろう。

 あんな重いものを持てるはずがない、と。

 だが実際、その自分が重い大剣を振ることを目の当たりにしてしまった。

 そんな現象を見てしまったら、興味がひかれないわけがない。


 リラは真剣な目でギバに口を開いた。


「ぜひ教えてください」

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