第15話 第一師団長、貴族の娘の父親に圧倒される

「さぁリラちゃん! どの服が良いかしら?」


 そして現在。ギバはリラの父フォードと母ラルーに連れられて、パーティーのためのお召し物に着替えていた。


 服を選ぶたびに彼女の両親は「可愛い」とか「天使!」とか目をハートにさせている。

 そんな彼らに対してリラ・ブラウンならどうするか。それがわからず、ギバは着せ替え人形の如く笑みを浮かべ、されるがままになっていた。




 その様子をリラの両親の後ろで見ていた二人。


「普段からこんな感じなんですか?」

「……そうですね。父と母はいつも『わたし』を見るたびにあのような形で」


 フォードとラルーに聞かれないように小声で会話するアイラとリラ。

 リラの両親の暴走っぷりにアイラは唖然とし、リラ本人もギバを演じるのが崩れていて、


「側から見ているとこうなっていたのですね……」


と恥ずかしそうに顔を顰めていた。


「こんな時、どうされているんですか?」

「お父様達の気がすむまでじっと微笑んでいました」

「なんと……」

「あぁなったお父様達は誰にも止めることが出来ませんので」

「では、ギバさんにはもう少し辛抱いただくしかないですね――」

「ん? 『ギバさん』というのは誰のことだい?」


 二人が話していると、突如、フォードが目の前に現れた。

 どうやら、衣装の選定が終わったようだ。

 床に散らばっている衣服を慣れた動きで使用人たちが片付けている。

 その奥に綺麗なドレスに身に纏ったギバ。微笑みを保ってはいるが、眉間がぴくぴくと動いていた。

 そのギバに


「ア゛ア゛ア゛カワイイィィイ」


とリラの母親が頬擦りをしている。

 そして、リラの父親フォードは、というと、両手に衣服を持ちどこか怪訝な顔でアイラとリラを見ていた。


「僕の可愛い愛しい娘の名は『リラ』というのだが?」

「あ……いえ、それは」


 突然、割って入ってきた彼にアイラの心臓は高鳴り、思わず口ごもる。

 ここでバレてしまったら、作戦も始まったばかりなのに、水の泡になってしまう。


(なんとか誤魔化さないと)


と策を練っていると、


「わたしのことです。ブラウン卿」


とリラがギバに似せた口調で話しかける。

 その声に反応して、フォードはリラのことを「ん?」と見る。


「お初にお目にかかります。わたしの名はギバ・フェルゼン。

 本事件の解決を隣にいる騎士アイラ・マヤより依頼された傭兵です」


 そう言ってリラはゆっくりとお辞儀をする。

 敬語を使うのは、フォードが目上だから。

 上の立場に敬語を使うのは当然。君も使え、とリラの両親との会話想定訓練をしていた時にギバに注意された。

 じゃあわたしの時は何故使わないのだ、と不服に思っているような表情を見せていた。

 だが、リラはあえて主張するのも見苦しいとぐっと堪えて訓練に望んでいた。

 そんなリラの言葉を聞くと、フォードは目を見開く。


「ほう! 君があの『剛剣』?

 話は聞いているよ。君が早々に僕らの天使を救ってくれたのだろう!?」

「光栄です。先程、彼女――アイラ・マヤがわたしのことを言ったのは、わたしの性分のせい故。

 その場でじっとすることが出来ないため、もうしばらく我慢せよ、という話でございました」


 リラの勝手な発言に奥にいたギバの眉がピクっと動きそうになる。


(そんな落ち着きのない人間じゃない!)


とでも言いたげだ。

 だが、そんなこと気がつきもしないフォードは両手を広げて嬉しそうな表情を見せる。


「あぁ! そうだったのか。これは失礼。僕の娘の名前を言い間違えたのか、と勘繰ってしまったよ!」


 わはは、と元気のいい笑顔を向けてくるので、アイラも愛想笑いで対応する。

 だが、すぐにフォードは笑みを顰め、


「もしそうだったら――」

「もしそうだったら……」


 アイラはごくりと生唾を飲み込むと、フォードは不敵な笑みを浮かべると、


「二度と間違えないよう、貴方達に私達の天使の可愛さ、愛しさ、素晴らしさを語ることになっただろうね。

 ――理解するまで永遠に……ね」

「…………」


 その発言に苦笑いを浮かべる。

 不敬だと即打首とかにならないことにはよかったが、それはそれできついものがある。

 おそらく一晩や二晩じゃ済まないくらい教え込まれることになるし、下手すればリラを信仰するまで、とかなりかねん。


 だが、それをそのまま言って「良かったです」と言ってもフォードの機嫌を害いかねない。

 穏便に済ませるためにアイラは苦笑いはそのままに口を開く。


「そ……それは残念です」

「あぁ! 全くだよ! 僕らの天使のことを伝えられないとは! なんなら今から語らっても良いんだぞ!」

「い!? いえいえ! そんなお手を煩わせるわけにはいきませんよ」

「遠慮するな! リラのことを語ることなど別に苦ではない!」

「も、もう充分にリラ様の素晴らしさは存じておりますから」


 これは嘘ではない。

 この数日、リラと生活してきて、彼女の勤勉さや優しさなどその人格にアイラは感心していた。

 入れ替わった生活は不自由なはずなのに、何も文句や弱音を吐かずに、この作戦のため訓練に励んでいた。

 その姿を見て、十二になる若い女の子がそこまで頑張るなんて、とアイラはリラに敬意を評していた。


 ――何故だかギバは「危ういな」とボソッと呟いていたが。


 だから本心混じりにリラが頑張り屋さんであることをフォードに補足すると、彼はやはり嬉しそうに鼻の下を伸ばした。


「そうだろうそうだろう! アイラ殿はわかっておられるな!」

「えぇ! それはもう――」

「そうとわかれば、こうしちゃいられない! 貴女とはもっとリラについての談笑……略してリラ談をしなければなぁ!」

「え゛!? い、いやいやいやいや! そんな滅相もありません」


 失敗した。

 遠回しに断ろうとして、逆に食い付かせてしまった。このままではフォード達の話に延々と付き合わされる羽目になると、アイラは全力で断る姿勢を見せる。

 が、フォードは「遠慮するな」と押しが強い。

 どうやって断ろうかと考えていると、


「フォード?」


 凛とした女性の声が奥から聞こえてきた。


「ん?」


 その声を聞くと、フォードはアイラとの話を中断し、後ろを振り向く。


「なんだ、ラルー?」

「そうやって話しているのも良いけど、そろそろパーティーの準備も整いそうよ?」

「お? おぉ!! そうだったそうだった!」


 ラルーの一言で、思い出したように目を見開くフォード。

 そしてアイラ達の方へもう一度振り返ると、


「積もる話もあるが、まずはリラが帰ってきたことを祝おう! 貴女方もぜひ来るがいい!」


 そのあとリラ談をしようではないか、と叫ぶとフォードは素早く奥に向かい、リラ(ギバ)を抱えた。


「パーティー会場はすぐそこだ!」

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