第14話 貴族の娘になった傭兵、娘の両親と対面する

 ベルの音色が屋敷中に鳴り響く。


 門前にあるベルは魔道具で出来ていた。

 ベルに自身の魔力を流し振ることで、屋敷の中にあるベルに連動する。いわば、呼び鈴の役割をしていた。


 逆に正規ではない入り方をした場合も警報を鳴らしてくれる。


 門前で家主が待つ必要もなく、門を開けっ放しにして怪しい者を無闇に入れなくて済むため、貴族の家ではこのベルは当たり前に置いてある。


 呼び鈴を鳴らした後、しばらくすると、ベルの音よりも騒がしいドタドタという音が聞こえてきた。

 客人を出迎えるための用意をしているのだろうか。それにしては、こんなところまで響き渡るのは奇妙だが、とギバは思った。


「あぁ。そうだった」


 そんな音を聞きながらブラウン家の人々を待っていると、リラが思い出したように声を発した。


「……何でしょうか?」


 なんとなく嫌な予感がする。――リラと関わってからそんな予感しかしていない気がするが。


「言い忘れていたが」


 演じることを辞めずに、リラは話を続けた。


「『わたし』の両親だが、ひどくリラ・ブラウンを溺愛している。『わたし』からでもわかるほど」


 門がゆっくりと自動的に開いていく。


「常にリラ・ブラウンのことを考え、常にリラ・ブラウンを案じ、常にリラ・ブラウンを愛す自慢の両親だ。

 だが。今回このような事件があってから、彼らはリラ・ブラウンに未だ会えていない」


 ギバとリラの入れ替わりのための準備期間を設けるため、リラ・ブラウンは事件で受けた怪我の治療で面会謝絶と偽り、今日まで父フォードと母ラルーを遠ざけていた。


 その旨を伝えたアイラの部下の話によれば、リラに会わせろ、とひどく癇癪を上げていたと言っていたらしい。


 親としては当然だと思っていたが、娘自身がわかる程の親バカなのだとしたら、話が変わる。

 ――たぶん通常の親以上に……。


「そのため父と母は、恐らく、我慢の限界」

「……つまり」


 開いた門の先から二つの影が土煙を上げながらこちらに向かってくるのを見て、ギバは背筋に嫌な汗が流れる。


「ひどく暴走しているに違いな――」


「おぉぉおおお!!!! リラァァアア!」

「リラちゃぁあああん!!!!」

「…………ッ!!」


 リラが最後まで言い切るか言い切らないかのうちに二人の人間がギバに抱き着いてきた。

 いや。この表現では些か誤解がある。

 むしろ突進してきたと言った方が正しい。

 身体の軽い娘では、避けることも耐えることもできず、為す術がなく二人の腕に拘束される。


「……ぐぅ……」


 強い締め付けに肺から空気が漏れる。


「あぁ! 僕らの天使!! ようやく会えた!」

「本当に心配したのよ!」

「怪我は治ったのか!?」

「元気になったのよね! 本当によかった」

「騎士団がまだ会えないと言った時は気が気じゃなかったよ!」

「あとちょっと戻ってこなかったら、僕の天使を奪ってどうするつもりか、と騎士団本部に乗り込んでいたよ!」


(く……苦しい……)


 グリグリとギバの右頬をフォードの頬が、左頬をラルーの頬が、それぞれ擦りつける。

 数日会えなかった分を取り戻そうとするかのように強く抱きしめてくる。

 その過剰なまでの愛を、繋がりのない自分では、受け止めきれず。

 この数日、準備してきた演技が解けそうになる。


「さぁ。疲れたでしょう? 早く家へ入りましょう!」

「あぁ! そうだ! リラのためにパーティーも用意しているんだ」


 フォードとラルーはギバのそんな心情もお構いなしに捲し立て、


「それじゃあ行くぞ!」


と娘の身体を持ち上げて、屋敷へ一直線に走っていった。


「あぁ! 騎士様もどうぞお入りください! お礼を言わなくてはぁぁ!」


 走り去りながら、ラルーがアイラたちに向かってそう叫ぶ。




 その暴走に呆気に取られるアイラ。


「……あれがリラ様のご両親ですか?」


 隣にいる傭兵にそう呟くと、


「お恥ずかしい限りです……」


 リラはギバを演じることも忘れて、顔を覆った。

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