第13話 貴族の娘になった傭兵、貴族の娘の家に着く
ブラウン家の屋敷は王都の端にある。
ギバ達が住む王都は、中央に国王が住む城、そしてその周りを囲むように貴族の屋敷がある。
貴族の屋敷は中心から上級、中級、下級と貴族の階級に合わせて離れていく。そして更に外側には平民が住む街が囲んでいた。
ちなみに騎士団は中級貴族のエリアに本部があり、元老院は上級貴族に位置する。ギバの住処は平民街にある。
基本的には王城から離れるごとに階級や身分が下がるのだが、リラの実家であるブラウン家はその法則から少し外れる。
下級貴族だから、ということもあるが、それにしては平民街よりも外側。
下手をすれば王都郊外との境界線を跨いでいるような形で建っていた。
それは、ブラウン家が元々王都郊外の領主であり、そこから中央貴族と成った家だということに起因する。
そのため、他の中央貴族たちからは『成り上がり』などと揶揄されることもあった。
だが、それはあくまで外野の話だ。
当人達にとっては、そんなことはどうでも良かったし、そもそも聞こえていなかった。
何故なら彼ら――特にブラウン家当主フォード・ブラウンとその妻ラルー・ブラウンには、それよりも大事なものがあったからだった。
★★★
「着いたな」
門前に停まった馬車から降りると、ギバはブラウン家の屋敷を眺めつつそう言った。
郊外近くにあるからか、下級貴族にしては広い屋敷。
建物は大きく、敷地は広大。その大きさは地方都市の領主の家と言っても過言ではなかった。
「結構大きいですね」
ギバに次いで馬車から降りたアイラはリラの屋敷を見上げる。
「昔はここも――王都の隣とはいえ、地方という位置づけだったからな。
地方を治める領主としては妥当な大きさだろう」
「団長……ギバさんの家もこのくらいの大きさで?」
「……いや、ここよりも広い」
「――ただ、雪の多い北の方だからな。屋敷の維持が大変だと、いつも使用人がボヤいていた」
突然、『ギバ』の声で『ギバ』らしい言動が背後から聞こえた。
後ろを確認すると、そこには当然ギバの姿があった。
立ち振る舞いも、顔の表情も、完璧に模倣していた。
「これでどうだ?」
とリラは表情をなるべく変えず、ギバに成り切っていた。
少女姿のギバとアイラはその姿を見て
「上出来だ」
「えぇ。本当に! リラ様すごいです。眉間の皺までギバさんそのものですよ! さすがですね!」
とリラの頑張りを賞賛する。
アイラの言葉を受けて「眉間の皺は余計だ」と一括しつつ、
「だが、これで毎日の素振りから逃れられるとは思うなよ」
それとこれとは別だ、とリラに向かって冷たく明言する。
その言葉でリラは一瞬、表情が崩れそうになるが、
「……わかっている。もう諦めた」
なんとか持ち直し、ギバのままで頷いた。
「ところでギバ……リラもそろそろ『リラ・ブラウン』に成った方がいいんじゃないか?」
「あぁ。……そうですね。あなたのご両親がいつ来られるかわかりませんから」
リラの提案で、ギバも眉間の皺を伸ばし、本来の持ち主を模倣し始めた。
「……ギバさんもさすがですね。ちゃんとリラ様に成ってます!」
「当然です。ここまで来たら完璧に演じてみせます」
「不器用なのによく頑張りましたね」
アイラのその言葉にピクっと眉間に力が入るギバ。
だが、崩れそうになる表情を絶え切り、リラのような笑みをアイラに見せると、
「最近の君は口の利き方がすぎるな」
とギバ自身の言葉で警告する。
背筋がブルっと震えたのが目に見えてわかった。
「ハッ。失礼しました!」
と反射的に国の騎士が上司に向かってやるように、手を額に当てて敬礼していた。
「姿が変わっても、やっぱり怖い……」
と小さくぼやいていたが、聞かなかったことにする。
ここ数日、一緒に過ごしていて、雑談や冗談を言い合えるくらいには、親密にはなったが、やはり時には礼儀も大切だ。
新人の時からアイラにはそう刻んだはずだが。
まぁアイラもその恐怖を思い出したようで、表情が険しくなった。
しかもリラの身体で、リラのような表情を見せながら、ギバの口調で説教する。それがよほど恐ろしいと見えた。
「落ち着け、リラ」
そこへギバに扮したリラが語りかけてきた。
「少し揶揄っただけだ。許してやれ」
ギバの顔で、ギバの態度で、おおよそギバらしくないことを言う。
その違和感で、ギバはギロッと睨むが、アイラはやや緊張が解けたようで、
「こっちのギバさん……良いですね」
とボソッと呟いていた。
その小声にギバは諦めたように溜息を吐き、
「そろそろ行きましょうか」
ここで話していても時間の無駄ですし、とブラウン家の屋敷に入ることを提案した。
「えぇ。そうですね。ギバ……いえ、もうリラ様と呼んだ方が良いですね。リラ様の言う通りです」
とその提案に頷き、アイラは屋敷の門前にあるベルを持ち、軽く振った。
「では、屋敷の方を呼びましょう」
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