第12話 貴族の娘になった傭兵、貴族の娘のまま戦いに出る

 ギバはゆっくりと足を進めながら、目の前にいる男たちを観察する。


(五人か……)


 先ほどの会話から察するに、彼らはバナナ盗賊団ではなさそうだ。

 ただ、自分含め、前の女性たちを襲う。

 ならば遠慮はいらない。

 ギバは、鞘を抜かずに剣を両手で持ち上げると、前に構えた。


(……む?)


 リラの身体となっての初めての戦闘。

 構えた瞬間に、その感覚に少々驚く。

 だが、関係ない。むしろ

 賊を睨みつけると、彼らはニヤニヤと笑みを溢していた。


「なんだ? 鞘は抜かねぇのか?」

「さては素人かぁ?」

「そんなん振り回して怪我しても知らないよぉ?」

「振り回すなら別の剣にでもしな!」


 ゲラゲラと下品な笑いをする輩に、ギバの眉間は一層顰める。


「お、お逃げください! お貴族様!」


 そして、荷車を引いていた女性も綺麗なドレスを身に纏った少女の存在を認識するや否や、顔を真っ青にしてそう叫ぶ。


 だが、ギバは彼女の方をちらっと横目で見ると


「心配するな」


と一言だけ述べて、男達を睨みつけた。


「下衆が」

「ああん? なんか言ったか~?」


 賊達はギバからの罵倒も意に返さず、ただただニヤニヤと品定めするようにギバの――リラの身体を見ていた。

 その様子にギバは鼻で「ふん」と笑うと、


「弱い者ほどよく吠えるというのは本当だったな」

「あん?」

「貴様ら、そこまで強くないだろう」


 ギバの言葉に賊達の笑い声は鳴りを潜める。


「剣の構えも甘い。腹も酒で弛んでいるな。そして、私が女と判断するや、すぐに油断した。

 そんな小物を誰が強いと感じる?」


 どんどんエスカレートしていくギバの煽りに顔を真っ赤にして、ギバを睨みつけ、


「そうじゃないなら、そんなとこで立っていないで、掛かってきたらどうだ?

 指一本触れることはできないだろうがな」

「上等だぁ! てめぇ! おめぇら、いくぞ!」


 怒りの沸点に達した奴らが、ギバ目がけて突っ込んでいった。


「だから貴様らは弱いんだ」


 煽り文句にすぐに乗り、単純に突っ込んでくる奴に負けるギバではない。

 いつもならもちろん。

 そして姿形が変わってもそれは変わらない。

 ギバは、向かってくる一人に視線を合わせると、その喉元に剣先を突き付けた。

 鞘に入っているとはいえ、ギバの殺気と先端が急所にあることで、男は一瞬怯む。

 男の身体が強張るとわかると、ギバは足に力を込めて懐へ。


「ん? どこ行っ……」


 ギバが一瞬消えたように見えて、男はそう叫ぶが、すぐに意識を刈り取られる。

 静かに倒れていった男。


「お、おい……どうしたんだ?」

「まじかよ……」


 そのことに気付くと、仲間はわずか動揺する。

 一瞬の出来事で信じられない。

 まさかあのか弱そうな貴族風な娘が倒したというのか。

 そんな動揺を気にするでもなく、ギバは更に煽るために、


「どうした? 来ないのか?」


と倒れた男の背中を踏みしめる。


「くそったれ!!」

「舐めんなよ!?」

「ぶっ殺してやる!」


 仲間の仇を討つためか、残りの男達が一斉に襲い掛かってきた。


★★★


「……すごい」


 馬車の中でリラはそう呟く。

 目の前で繰り広げられる戦いは、まるでダンスのように美しく見えた。

 宙を舞い、時に回転し、時には相手の攻撃を躱すその姿は、まさに舞。


 男達の攻撃はギバには届かず、それどころか着ているドレスにさえ触れられない。


 触れるのは唯一、ギバの振るう剣のみだった。


 自分の身体で、あそこまで無駄がなく、洗練された動きをするのが信じられなかった。


「そうなんです。団長はすごいんですよ」


 アイラが誇らしげにそう呟いていた。


「騎士団で、そして傭兵で、あらゆる敵を相手に剣を振るってきたんです。

 その剣技はどんな身体になっても衰えることはないでしょう」

「…………」

「基礎がしっかりしていますからね。

 普段は『剛剣』と言われる程、一撃必殺に特化した剣技を使いますが、今はリラ様の身体に合わせてああいう動きをしているみたいです」


 ドレスも汚れないようにしているみたいですね、とアイラは補足を入れる。

 圧倒的な差で、次々に賊達を伸していく。


 最適化され、最小限の動きで相手を倒していくその姿を見て。


「おお女の子に、たたたたた叩かれるなんて……き、も……ち……よか……」


 そして、最後の賊の気持ちの悪い断末魔が響き、全てを倒し切った。

 難なくことを済ませたギバに


「ありがとうございます」


と感謝する農夫の女性の姿を見て、リラは羨望の眼差しで、ギバを見つめた。


 と同時にギバの言葉を思い出し、だんだんと青ざめていく。


「えっと……アイラ様」

「……なんでしょう?」

「わたしにもああいう動きをしろ……と?」

「え……あ~……ははは……そうですね……」


 リラの質問にアイラは苦笑いを浮かべて、目を泳がせる。


「無理ですよぉ!」

「ま、まぁ落ち着いてください。ギバさんも『完璧に似せる必要はない』って言っていたじゃないですか」


 涙目を浮かべる見知った強面の男の顔を珍しく思いつつ、アイラはどうどうとリラを落ち着かせるように手を前にやる。

 だが、リラは「でもぉ……でもぉ……」と納得いかない様子。

 その姿にアイラは途方に暮れていると、


「アイラ君の言う通りだ。私を完璧に真似る必要はない」


とギバが帰ってきた。

 その声を聞いて、リラがギバの方を振り向くと、その顔を見て怯んだように一瞬静止する。

 弱気で涙目になっている自分の顔を見て、少々拒否感が出たのだろう。

 気持ちを落ち着かせるように、ふぅと息を吐き


「あまり私の顔でそんな顔をしないでくれ」


と第一声で申し出る。

 そして、アイラに剣を返して椅子に座ると、


「君があまり剣を握ったことがないことは知っている」

「…………」

「だが、それを甘んじて受け入れれば、君は最悪、命を落とす。

 ある程度の護身術は必要不可欠だ」

「……ではいったい何をすれば……」


 リラは不安そうな顔をして静かに尋ねる。


「簡単だ」


 ギバは足と腕を同時に組むと、端的に答えた。


「基礎を身につけろ」

「基礎……」

「私の動きは全て基礎からの派生だ」

「…………わかりました」


 渋々だったが、素直に従うことにする。

 ギバはその返事に「あぁ」と頷いた。


 未だ不安そうなリラ。

 その様子を見て、その思いを払拭してあげようと考えたのか、ギバは口を開く。


「そう難しいことではない。まずは毎日千回の素振りから、だ」

「毎日千回ッ!?」


 自分でもびっくりする程の驚きの声を上げる。

 だが、ギバは当然だろうという顔で


「あぁ」


と頷く。

 その二人を見て、あちゃあとアイラは顔を抑えていた。


「ギバさんはスパルタなんです……しかも超がつくほどの……」

「ち、ちょっと待ってくださ――」

「さっきの賊達のせいで時間がなくなったな。おい、馬を出せ。急ぐぞ」


 リラの言葉に聞く耳持たず、ギバは御者にそう言うと、馬車はゆっくりと動き出す。


「そんな~!」


 野太い男の声で嘆く声が道中に響き渡ったのであった。


★★★


 そして。時は過ぎていき――。


「あら~この服、可愛いわね~」

「こっちの服もいいんじゃないか!?」

「いやいや、だったらこっちの方がいいわよ!」

「は? この服にこのティアラを組み合わせれば、最強だろぉ!」

「はぁ? 何言ってんのよ、あなた! このティアラだったら、こっちの組み合わせの方がいいでしょうが!」

「なんだと?」「何よ?」


 服やアクセサリを掲げて言い争う男女。

 その前で恥ずかしそうに顔を両手で隠すリラと唖然とその状況を見ていたアイラの姿があった。


「こうなったら僕達の天使に決めてもらおうじゃあないか!」

「えぇ、そうね! その方が良いわ」


 貴族風な服装を着た男女はその間にいる金髪の可愛らしい女の子を見ると、


「さぁ、リラ! どっちが良い?」

「こっちの方が良いわよね!?」


 服を掲げて、顔を近づける。

 その両者と目が合うギバは人形のように固まっていたが、やがて


「うふ」


と口角を無理矢理上げた。

 心の内では、


(いったいどうしてこうなった……?)


と頭を抱えながら。

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