第10話 貴族の娘になった傭兵、貴族の娘の家に向かう

「ほら、ギバさん。また眉間に皺が寄ってますよ」

「む? そうか?」

「ギバ様のそれはもう癖の一種ですね」

「それなら、君の『空を眺める』のも癖だろう? ギバ・フェルゼンはそんなことはしない」

「リラ様は良いんですよ。ブラウン家にギバさんの知り合いなんていないでしょう?」

「確かにいないが、徹底しておくのは大事だ」


 リラを救出して数日後。

 ギバはリラ、アイラと共にブラウン家の屋敷に向かうため、馬車に揺られていた。

 この数日は打ち合わせばかりの日であり、ギバとリラはそれぞれを真似る練習が繰り広げられていた。

 互いの癖を把握し、互いの口調を模倣する。


 特にギバは大変だった。

 ブラウン家にバレないためにリラを完璧に演じなければならないのだ。

 相当の労力を割いたはずだが、ここは元騎士団長の意地があった。

 弱音を一つも吐かずにリラを真似る鍛錬を続け、この日を迎えた。


「それよりも今後の動きを確認しましょう」


 アイラが手をパチンと叩き、話題を変える。


「今日から、ギバさんとリラ様はブラウン家で生活をすることになります」

「はい。そしてわたしはギバ様として、ギバ様はわたしリラとして振る舞います」


 ギバのなりをしているリラがそう言うと、アイラは頷く。


「そうですね。そして、今日。ご両親に会う最初が肝心となります」

「最初に怪しまれては今後に支障が出るからな。

 一度疑われれば、その修正に多大な労力が掛かるだろう」


とギバは皺を伸ばすように指で眉間を摩っている。

 そして、ふと自分の身体を見るように目線を下にやった。


「だが、この服装は慣れないな」


 着ているのは、どんなに見る目がなくとも一目で高価だとわかるドレス。

 白い生地をベースに桃色で装飾が施された華やかな衣装。

 端正な顔やきめ細やかな長い金髪と相まって、まるで姫様のようだった。


「よくお似合いですよ?」


 その格好を見て、アイラは自然と笑顔になっているが、どうにも慣れない。

 スカートを指で摘んでは、はらりと落として遊んでいる。


「これでは有事の際、上手く動けないじゃないか」

「ギバさんが動く必要はないんですよ!」


 アイラが間髪入れずに口を挟む。


「今回のギバさんの役目は囮とリラ様です。

 リラ様として生活して、盗賊団を釣るための餌となる。リラ様は騎士や傭兵のように動きません!」

「……ある程度の備えは必要だろう?」

「必要ありません。いいですか? ギバさん」


とグイッと顔をギバに近づけると、


「今回の作戦では、ギバさんはいち貴族の娘として振舞わなければなりません。

 ギバさんがリラ様として少しでも強さを示してしまえば、盗賊団に警戒されますからね」

「だが……」

「ギバさんが戦わなければならない状況なんて来ませんよ。

 作戦を考慮して第一師団の部下を数人、ブラウン家の周りに潜ませますし、『リラ』様の護衛として私も同行するのですから!」

「!! 君も来るのか?」


 ギバは目を見開き、アイラに聞き返すと、彼女は大きく頷いた。


「もちろん! ギバさんとリラ様の事情を知っているのは私しかいませんからね。

 それにリラ様の身体をいったい誰が世話するんです?

 事情を知っていて、尚且つ女の私が側にいた方が何かと都合がよいでしょう?」


 ねぇ、とアイラはリラに視線を向けると、


「はい。先日、アイラ様より進言してくださいまして、わたしもそうした方が良いと、こちらからもお願いいたしました」


と同意した。

 そういえば、アイラとリラでそんな話をしていたような気がする。


 アイラはてっきりバナナ盗賊団のアジトを探すという本命の作戦の指揮を執ると思い込んでいたし、なによりリラを演じる訓練に集中していたから、覚えていなかった。


 確かにアイラがいてくれれば、リラはもちろんギバにとっても助かる部分が多い。

 女の子の――それも思春期の――身体は、男の自分のとは勝手が違い過ぎると感じていたし、何かと気を使わなくてはならない。


 ブラウン家にもお世話してくれる者がいるだろうが、自分と主が入れ替わっているという事情など知る由もないのだから、そこで違和感を覚えられてしまえば怪しまれる材料になってしまう。


 それにアイラはギバにとっては最も信用でき、実力のある人物のひとりだ。その彼女が護衛に就く。

 ギバが戦うことは、確かに、ないのかもしれない。


「なるほど。私が戦力とならなくて良い理由は理解した」

「わかっていただけたようで何よりです」

「ただ――」


 アイラの言葉を被せるように、ギバはそう言い、リラを見つめた。


「それならば、君はもう少し『私』になった方が良いんじゃないか」

「ギバさん……先ほども言いましたが、ブラウン家にギバさんを疑う人なんていませんよ? それにリラ様の演技はピカイチでした」

「……自衛する力を少しは持つ必要がある、と言っている」


 リラは目を丸くさせながらパチクリと瞬きをした。

 どうやら察しがついていないようだな、と思い、ギバは静かに息を吐く。


「アイラ君の言うように、私が戦力となれないのだとすると、誰が君を護る?」

「それは私が……」


とすぐさまアイラが反論すると、ギバはふんと鼻で笑う。


「アイラ君は私の護衛なんだろう?

 盗賊団の襲撃時、私とリラ・ブラウンが離れていたらどうする?」

「それは……」

「盗賊団の目的がリラ・ブラウンの身体だけならば、最悪、君は死ぬぞ」


 淡々と告げられたその言葉にリラはビクッと身体を震わせる。

 ターゲットであるバナナ盗賊団の目的が何なのか、は今のところ不明だ。


 ただ、盗賊団がリラの身体だけが目的であるならば、魂の入っている器――つまりギバの身体と共にリラを葬ろうとしてもおかしくない。

 その時に、リラに自衛する力がなければ、あっさりとあの世へ逝ってしまうだろう、とギバは懸念していた。


 そうなってしまうと、どうなるか。


 身体と連動して持ち主ギバの魂が死ぬのか。リラの魂はそのまま死ぬのか。

 リラの魂が死ねば、自分は一生彼女の身体に入り続けなければならないのか。


 どちらにせよ、御免だ、とギバは思う。


「だから、君にはある程度の力は身に着けてもらいたい。私ほどではないにしてもな」


と話していると、馬車が急停止した。

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