第9話 第一師団長、元騎士団長の傭兵に恐れながら説得する
「え!? そんな……ありえない……」
リラは胸の前でギュッと手を組む。
昨日の一件がよっぽど怖かったのだろう、とアイラは思った。
もう一度、攫われるなんて考えたくもないはずだ。
が、その可能性があることもまた事実で、知っているのと知らないのとでは大違いだ。
「お気持ちはわかります。
ですが、バナナ盗賊団の目的がわからない以上、そうなる可能性も捨てきれません。
リラ様を誘拐するためにもう一度、ブラウン家に彼らが現れる場合も考えられるのです」
現状ですと『リラ様に扮したギバさんを』というわけですが、と捕捉を入れた。
ギバとリラが入れ替わった事実はまだこの部屋にいる人間しか知らない。
バナナ盗賊団はもちろんリラを攫おうとして、入れ替わっているギバを誘拐しようとするだろう。
「ですが、この状況がチャンスでもあるのです」
「…………?」
「入れ替わりを逆手にとって、バナナ盗賊団のアジトを見つけること、ひいては盗賊団を一掃できるかもしれません」
その話を聞いてもあまりピンとはきていないようだった。
どういうことだろう、と目を泳がせている。
そしてやがて眉間に皺を寄せているギバと目が合った。
目が合った瞬間、ギバは考えるように舌で頬を膨らませた後、ゆっくりと口を開いた。
「アイラ君が言いたいのは、要するに囮作戦だ。
再びやってきた彼らに誘拐され泳がせることで、彼らのアジトを突き止める。
こういうのを騎士でも、自警団でもない民間人――ましてや中央貴族の娘に頼むことはできないのだが……」
「わたしと入れ替わったギバ様であれば、囮として申し分ない。そういうことでしょうか?」
リラの言葉にアイラは「そうです」と頷いた。
「リラ様の身体であるとはいえ、ギバさんであれば攫われたとしても、私たち騎士団とスムーズに連携できます。
またリラ様の身体を傷つけることもさせないでしょう。
もちろん、騎士団も総力を上げて盗賊団のアジトを探しますので、あくまで保険ということになりますが」
いかがでしょうか、とアイラはギバとリラに問いかける。
リラにも尋ねたのは、リラの身体にも危険が及ぶ可能性が無きにしも非ずだったからだ。
こういう作戦もする以上、持ち主の許可は必要だ。
「……わたしが提案したことですから仕方がありませんね」
だが、リラは渋々ながらも了承してくれた。
自分が狙われている事実を――最初は動揺していたが――すぐさま受け入れたのに、少々違和感を覚える。
だが、彼女がもともと強い精神の持ち主だ。
助けたギバの能力を実際に目の当たりにしたのが大きいのだろう、とアイラは納得した。
(であれば、残す課題は)
とアイラは思いっきり眉間に皺を寄せている張本人を見た。
思ったよりも不愉快な雰囲気を醸し出しているギバに、
「ギ、ギバさんはいかがでしょうか?」
とたじろぎつつ、作り笑いを浮かべてみた。
が、ふざけるな、と言わんばかりにギロリと睨み返されてしまった。
「い、いや、でも我ながら良い作戦ではありませんか?」
「確実にリラ・ブラウンを攫いに来るならな。その保証は今のところない。それよりもアジトを探した方が早いと思うが?」
「それでも、探すよりは確実ですよ。探した結果、またブラフかもしれませんし」
「…………」
自分の言葉を聞いて、反論せずに黙ったのは、少なからずギバはアイラの考えに納得したのだろう。
その上でどうすればよいか、今、考えているはずだ。
昔からギバのことを知っている。
考える時間を与えれば、きっと彼は最善策を見つけるだろう。
――自身の命や尊厳を度外視したとても受け入れ難い策を。
そして、強引に受け入れさせるに違いない。
騎士団を辞めた時もそうだった。
それが最善策だ、と言い残して。
そうなるような事態は避けたい。
ならば、とアイラは最後の切り札を口にすることにした。
「それに……元老院の老いぼれ達はまだ根に持っているようです」
その言葉を聞いて、ギバは目を大きく見開いた。
「捜査が長引けば……わかりますよね?」
アイラから告げられた言葉を聞き、ギバは落ち着かせるように息を吐いた。
そして、リラの方を見ると、
「どうやら、私は君の言う通りにした方がいいかもしれないな」
「え?」
急な態度の変化にリラは驚きの声を上げた。
さっきまで乗り気ではなかったのに、どういう風の吹き回しか、と戸惑っているのに違いない。
だが、下手に事情を聞いて、ギバの決定を変えるわけにはいかない。
そのことをリラもわかっていたようで、「そうですか……」と呟くのに留めた。
「ありがとうございます」
そして、アイラも軽くお礼を言う。
「ではさっそくこの作戦について具体的に話しましょう」
と話を切り出そうとしたが、
「いや、待て」
ギバにストップをかけられた。
「なんでしょうか?」
「今日はもう遅い。彼女は昨日、事件に遭って、今さっき起きたばっかりなんだ。
今日はこの辺にしよう」
確かに窓の外を見れば、もう日が落ちかけていることがわかった。
「それもそうですね」
アイラも同意すると、ギバは椅子から立ち上がり、
「また明日来る」
と病室から出ようと、扉に手を掛けた。
「あ……」
だが、リラが声を上げた。
彼女の声を聞いて、ギバは振り返ると、
「なんだ?」
「あ、いえ……その……」
思わずといった形で声を掛けてしまったのか、リラは何を言おうかと考えている様子だ。
何か自分達の会話を聞いて、違和感を覚えたのか、それとも別のことなのか。
言うかどうか迷っているようで言い淀んでいた。
「用がないなら行くが?」
「い、いえ! 用というか……その……」
それに痺れを切らして、ギバがそう言うと、慌ててリラは否定した。
気持ちを落ち着かせるように一度窓の外を眺め、ふぅと息を整えると、彼女は口を開いた。
「……どうして騎士団をお辞めに?」
「…………」
その質問に、彼はすぐに答えなかった。
出会った当初からあまり感情を表に出してくれない人だ。
だが、この質問を聞いた瞬間、ギバの身体が力み震えた。
当然だろう。これは初対面の人に言うにはあまりにも
リラもそれを察したのか、遠慮がちな顔をしている。
「答えたくないなら、良いです。人には事情があるものですから――」
「民間人を殺した」
「え……?」
だから無理に答えてもらわなくていい、とリラが言う前に、ギバは端的にそう発した。
予想していなかったようで、リラは呆然としている。
そんなリラを見つめつつ、ギバは短い息を吐くと、
「そんなことよりも、今日はゆっくり休め」
と話を強引に切り替えた。
「明日から忙しくなる。
君の真似をしなくてはならないからな。
まず君の話し方、癖、好み、洗いざらい話してもらう」
そう言ってギバはリラの病室から出ていってしまった。
日は完全に落ち、静まり返った部屋は少し肌寒さを感じた。
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