4 岩井家にて

(01)

 つばさの自宅、岩井家は日本家屋。立派な門構えで庭もある。




「ただいま……」




「夜分失礼します……」




 玄関に入るなり白い犬が走り寄って来た。


紀州犬。名前を歳三。彼は尻尾をブンブン振って喜んでいる。


しかし彼の目はつばさではなく、与晴に向けられていた。




「お久しぶりです。歳三さん」




 歳三は頭を撫でてもらうと、ごろんと寝転がって腹を見せた。


 与晴は躊躇うこと無くその腹をワシャワシャと撫でた。


 喜んでいたにも関わらず歳三は突然起き上がると奥へ引っ込んだ。




「あれ、歳、もういいの?」




 つばさが聞くと、彼は小さな黒い犬を連れて再び現れた。


小さい方は歳三の後ろに怯えて隠れている。




「新顔、ですか?」




「そう」




「はじめまして、お名前は?」




 犬に直接聞く与晴。つばさはクスッと笑った後に教えた。




「黒柴の総司」




「まだ仔犬ですか? 耳が完全に立ってない」




「まだ四ヶ月。先月来たばっかり」




 撫でてもらえと言わんばかりに、歳三は震える総司をグイグイと与晴に押し出した。




「はじめまして、佐藤与晴です」




 恐る恐る彼の手を匂いを嗅ぐ子犬。与晴は顔を綻ばせた。




「抱っこしてもいい?」




 喉を撫でながら、そう仔犬に声を掛けて持ち上げた。


 総司は尻尾を振って、与晴の顔を舐め始めた。




「可愛いねぇ、総司くん」




 怖がっていたはずの総司、あっという間に与晴に懐いてしまった。




「歳、総司、その辺でもう寝なさい」




 二匹はつばさの言うことを素直に聞いて、仲良く奥へ去った。




「おやすみなさい」




 つばさが与晴を連れてきた理由の一つがこれだった。


気が重い明日の仕事を前に、犬が大好きな彼に安らぎを与えたかった。




 与晴は犬の名前が気になったらしい。




「歳三に総司。お父様は新選組局長ですか?」




「……そう。近藤勇気取り」




 つばさの父、岩井政志は熱烈な新選組ファンだった。


今、家族に男は自分一人のせいか、犬は二匹とも雄だった。








「手洗って、客間で待ってて」




 つばさは食事の支度をしに台所へ向かった。




「いえ、手伝います!」




 後を追おうとした彼は止められた。




「ありがとう。でも座ってなさい」




 与晴は先輩の指示に大人しく従った。

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