(03)

「……ごめんね、ペアがわたしで」


 与晴はつばさが初めて指導する後輩。

 しかし、優秀なおかげで仕事はすごくしやすい。

 有難いと思いつつ、つばさは自分の不甲斐なさも感じていた。

 それが今、つばさの思考をマイナスに向けている。


「……どういう意味ですか?」


 いつになく低い声、ギロリと鋭い眼差し。思わず竦んだ。


「与、目が怖い」


「……すみません」


 慌てて表情を和らげる。


「男のペアになら、余計な気を使わなくていい」


 自分が男だったら、と何度となく思ったことがある。

自分が女だからこそ、させる必要のない気遣いを与晴にさせている。と。


「俺、そんなに先輩に気遣ってないですよ」


 つばさは続けた。


「男のペアなら、自分が盾にならなくてもいい」


 危険な場面や、女性だからと威圧してくる相手に対し与晴がつばさの盾になり、身体を張る。


「逆に男性の上司だと、お前が行け!って押し出されるでしょうね」


 与晴が笑う。


「男のペアなら、上司に嫌味を言われることもない」


 つばさの言う『上司』は二人が所属する佐門署の署長。

彼女にとこある事に突っかかってくる。


「……あの人、また何か言ったんですか?」


 つばさの口調が突然荒くなった。


「……ほんとタチが悪い、あのおっさん。

パワハラだって上にチクろうかな。絶対、うちの父親への当てつけだよ」


 つばさの岩井家は元は昔から続く士族。世が世ならお嬢様だ。

警察組織が日本に出来た明治の時代から、代々警察官を務めてきた。

現に、警察の要職を勤めた親戚が多数いる。


 与晴は初対面の時、こんなお淑やかに見える細身の女性が刑事なんかできるのかと本気で疑った。

 しかし、人は見た目に寄らぬもの。

 彼女を怒らせるとヤバいと心底理解しているのは、もはや与晴の右に出るものはいないかもしれない。


「……姐あねさん、怖いです」


 ちょっとふざけた与晴につばさも合わせた。


「あら、ごめんなさい。わたくしとしたことが」


 車内で仕事に関係ない話が続く。


「先輩のお父様とうちの署長は、そんなに仲が悪いんですか?」


「犬猿の仲。同い年でこっちはノンキャリ、あっちはキャリア。

なのにこっちが先に出世しちゃった……」


 つばさの父は現在本庁勤務。出世争いは一歩リードしている。


「すごいですね、お父様」


「……でも、一番の原因はわたしの母親を取り合ったことらしい」


「うわ……」


「だからね、与、悪いこと言わない。付き合うのも結婚するのも、警察の外で選びなさい」


「え? じゃあ先輩は……」


「なに?」


 つばさは自分のことを棚に上げた。


「……なんでもないです」


 与晴は黙った。

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