05. だから、大好き。(4+1)

今月の目標。

 牛乳、1日1パック。


「……目標っていうのか、それ」

「いいの。俺には一日一膳よりハードだから」

「しかも1パックて500?」

「いや、その認識には個人差があると思うわけ。500がMAXな奴もいるんだよ世の中には。今まさにここに」


 固い決意を胸に

 意を決して、パックの上部をびりびりと破る。


「……いや、そこまでして飲む意味がわからない。やめとけよ。下すぞ腹」


 確かに。

 乳製品との相性がとてつもなく悪い脆弱な腹を持つ俺にとって、牛乳を飲むというのは立派な自虐行為だ。

 わかりやすくいうと、俺にとっての牛乳は健康な胃腸を持つ人間がダイレクトに下剤を飲むのと同程度の威力がある。

 だけど


「男には、毒とわかっているリンゴをかじらねばならぬ時もあるんだよ。イチ」

「……格好つけても相手はぎゅーにゅー。何、どうしたの」


 どうしても。

 俺はこいつを飲まなければいけない。


「……身長、欲しいじゃん。も少し」


 あと3、いや、2でいいから。

 身長が、欲しいんだ。


「……なにそれ。厭味か」

「いや、イチは今のままでいいでしょ。ガードだし、10センチ差可愛くておいしいし萌えるし」

「さらっと気持ち悪いこというな」

「でも俺はセンターだよ。大黒柱だよ。全国行ったら普通に2メートル級の外国人いるし。……頼りねーでしょ。やっぱ」


 昨日、イチが毎日書いている部誌を見せもらった。

 練習メニューや個人の課題、全員の身長体重の推移までしっかりと書き込まれていたそれに、最初はただひたすら、感心して見ていたけれど。

 うちは平均身長が、あまり高くない。

 外国人留学生もいないし、高さという面では圧倒的に不利だ。

 

「……身長がすべてじゃないだろ」

「でも、勝つ要素としてはでかいよな」


 せめて俺に、ゴール下の俺に。

 もう少し背があれば。……そう思っての決意だったのだけど。


「……俺は今のチームでトップ狙えると思ってるよ。どんなでかいチームにも負けない、いいチームだと思う」

「イチ……」

「なのに気持ちで負けてどうする。でかい奴、怖い? びびってコートからでるか? 身長だけなら、一年の崎谷のほうがでかいよ? あいつ192あるもんなー。確かに魅力的だよなー……」

「な…っやだよ! 絶対やだ」

「なら」


 イチはふっと表情を緩めると、牛乳パックをぱしんと指ではじいた。


「これは俺が貰う。身長が低いお前の方がスタメンに入ってる理由、そんくらいわかるだろ。……大体、お前がこれ以上でかくなったら邪魔で仕方ねえよ。ただでさえうっとおしいくらい巻き付いてくんのにさ」


 そのままでいい。……そのままの俺でがんばれって。

 そう言ってくれてるのがわかる。


「……イチ」

「ん?」

「……俺やっぱ相当好きだわ。イチのこと」


 でっかいなあ。

 かなわない。

 大好きだ。


「……知ってる」


 イチはバツの悪そうな顔をして、俺の手から牛乳を抜き取ると

 一口飲んで、微かに眉をしかめた。



 子供の頃から飲まされ続け、今や立派な牛乳嫌い。


 その事実を知ったのは

 それから、ずいぶん後のこと。

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