03. イケメンのセクハラ(1+5)

「部長! お先失礼します!」

「おーお疲れー」


 早朝練習を終えて皆がバタバタと教室に引き上げていく中、体育館の鍵を閉めなければならいない俺は、人よりのんびりとしたペースで着替えを進めていた。

 どれだけのんびりかというと、半裸だ。一人だけ半裸。どうせ最後に出るのだからという開き直りである。


「鍵、当番制にすれば?」

「んー……でも俺それがあるから朝の教室遅刻見逃してもらえてんだよ。誰が鍵当番かってのを職員室で把握できないと免除にならないんじゃないかな」

「あー成程」


 悟郎もすっかり着替えを終えて、髪型の最終チェックに入っている。

 シャツを羽織ながら鏡の前で乱れた髪を直すその様を、イケメンも大変だなとからかうと「これも義務だから仕方ない」とさらりと返す。

 ヤナセが聞いたら発狂しそうな、実に悟郎らしいコメントだ。

 悟郎のこういうところを小馬鹿にしたり、よく思ってないヤツも結構いるらしいけれど、悟郎の場合やるべきことをきちんとやった上で、その余力を使って外見の手入れに回している。

 そういう「悟郎らしさ」、俺は結構好きなんだけど。

 なんか悔しいから、いわない。


「あ。やばい」


 どこでも結べるネクタイは荷物の中につっこんで、そのまま中身をあさる。

 するといつも常備しているはずの小物類が、丸ごと入っていないことに気づいた。


「ん? どした」

「スプレー忘れた」


 テイッシュはまあいい。ガムもまあ、よしとしよう。

 けれど制汗スプレーは、まずい。

 一応オトシゴロというやつだ。朝練の後なだけに、汗のにおいは気になる。


「悟郎、持ってない?」

「イチ、いつも何使ってんだっけ」

「無香料なら何でもいいんだけど」

「ん、あるある」


 悟郎は一度閉じたロッカーをもう一度開けると、見慣れた黒のスプレー缶を取り出しほいとこちらに放った。


「心配しなくても臭くないよ。むしろいつもいーニオイ」

「いや、でもあんだけ汗かくとなあ。……使用済みゼッケンのニオイ嗅ぐ度にちゃんと気をつけようって思う」

「確かに。ありゃ兵器だから」


 これでよし、と、スプレーを持ち主に返して

 前ボタンを止めたら準備は大体完了。


「窓閉まってるか見てくれない?」

「大丈夫」


 セーターを頭から被って顔を出すと、悟郎は俺が言うよりもはやく窓際に移動しガタガタとフレームを揺らしていた。

 本当に気の利くヤツだ。憎らしいくらいに。


「よし、でるか。俺鍵返しにいくから、お前は早く教室に」

「イチ、ちょい待ち」

「へ?」


 荷物を肩にかけて、行こうと悟郎を振り返ると

 思ったよりも近くにいた悟郎が何かを片手ににやりと、悪戯に笑った。


「仕上げしないと」

「は?!」


 シュ、という音と共に飛び出してきた水滴が、俺と悟郎の間の空間に飛び散る。


「……くっさいな! 何すんだよ!」

「くさいって……一応これ愛用品なんですけど」

「何……? 香水?」

「そ」


 悟郎の手には、掌大の香水の瓶。

 言われてみれば確かに。辺りに漂うこの香りは、覚えがあるような気がする。


「モテる男の身だしなみ。ってね」

「……そりゃお前はいいかもしれないけど、俺にかけんなよ。キャラ違うだろ」

「んなことねえよ。似合う似合う」


 悟郎は笑いながら自分の指に香水を拭きかけると、「今のちょっとしかかかってないから」 と、その手を俺の顔の横へと伸ばした。


「うわ……っ」


 前触れなく耳の後ろを指の腹で撫でられ、思わず一歩、後ろへと後退する。


「あ、耳弱い? ごめんごめん。あと手首なー」


 ごめんじゃねえだろ。軽いよ。

 つうか何すんだよ。耳の感度云々の前に、びびるだろ普通。


「うん。よしよし。違和感なし」


 くんくんと俺のニオイをかいで、悟郎はとても満足げだ。


「……お前いつもこんなんやってんの」

「こんなことって……どれ?」

「セクハラ」

「ひっでえなあ。やんねーよばか」


 至近距離で。俺が女子ならときめいたであろう甘い声。笑顔。

 こいつがモテるのは、顔だけのせいじゃない。

 その真髄を、見たような気がする。



 そして同時に。


「……あれ? イチから悟郎のニオイがするぞ!?」

「かぐなよ。てかなんで持ち主断定できんだよお前……驚きの気持ち悪さだな」


 教室に入るやいなや、ふんふんとニオイをかいできたヤナセや


「なんでなんで?! ちょっ浮気?! 不潔!」


 お門違いもいいところなインネンをつけてきたシムラ。


「いやらしー! マーキングだマーキング!」

「脱いで今すぐ脱いで! 大丈夫俺全力で隠すから!」

「ああもーうるせえ! 黙れ!」


 こいつらに待望のモテ期がくることはないだろうと  うっすらと悟った。

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