0.5 青春時代、明と暗。
靴箱を開けると、靴の上にラブレターが一通。
「……という素敵なハプニングがそろそろ起きてもいいと思うんだけどな」
そんな願いを胸に抱いて早5年。ヤナセはまったくもって通常営業閑古鳥状態の靴箱をじっとりとみつめた後、「なあ?」と隣の男をにらんだ。
「今時ラブレターってねえ……」
ヤナセの視線の先にいるのは、男子バスケ部キャプテン、一木荘介だ。
横顔で棘のような視線を受け止めながら、そちらをちらりともせず床に上履きを放っている。
片やバスケ部のキャプテン。
片やサッカー部のエース。
両者モテの王道ともいえる肩書きだが、この学校ではその二つは決して横一列には並ばない。部活動としての実績の差もさることながら(男子バスケ部は学校を代表する花形中の花形である)、個人のスペックがまるで違う。
優等生と劣等生、という表現だと言葉が悪いかもしれないが、事実生徒達は彼らを「出来過ぎる程出来る男」と「学校を代表する馬鹿」として認識している。
その差は事異性関係に置いても顕著であり、ヤナセは中等部から高等部2年生になる現在まで女子に全く相手にされることなく身も心も清らかなまま成長していた。
それも勝ち組の代名詞ともいえる肩書きをもってしても補いきれない欠点を抱えて。だ。
「今までそういうの無いの、イチ」
「いやまあ……経験無いとは言わないけど……」
「けど、なに」
「そうしょっちゅうあるもんでもない」
どうでもいい。その言葉の代わりに、一木があくびをひとつ、零す。
間の抜けた表情だというのに、行きずりの女子の視線は温かい。『出来る男』がみせる隙には皆寛容だ。
「……そうなの?」
「そうなの」
「ちょっとまった。ヤナセ今なんか変な希望持ったろ」
一木の返答にヤナセがきらりと目を輝かせた瞬間、一足先に上靴を履き替え談笑していた悟郎が遠慮のないストップをかけた。
淮崎悟郎。男子バスケ部のエースであり、高等部第2学年一のイケメンと言われている男だ。呆れ顔ですら華がある。その隣に立つ190cm近い大男よりも周囲に与えるインパクトはでかい。
「な、なんだよ。俺は別に……ただイチクラスでそれなら俺に手紙来ないのもまあ頷けるかなみたいな」
「頷くな。比較対象が間違ってる。お前一木クラスがどんだけのもんかわかってんの? この難攻不落無敵の牙城に挑もうなんて女子が校内にどれだけいると思う」
「そ、それは……」
「実際これまで直接乗り込んできたのははそれなりのレベルの、名の通った女子ばかりだぞ。そしてそんな精鋭部隊をもってしても! この城は、落ちない!」
「……悟郎はなんでそんな俺のプライバシーに詳しいの」
「お前がふってきた子達が皆名の通った女子達だからだよ馬鹿」
つまり、悟郎が言いたいことはこうだ。
一木荘介はモテる。
が。ご立派な肩書きと競争率の高さがふるいとなり実際に声をかけてくる女子は極端に少ない。
本人が面倒を避けるように(そのつもりがあるのかはわからないが)男とばかりとつるんでいるのも原因のひとつだ。
ちなみに悟郎は派手な外見が軽薄なイメージを与えるのか、女子をホイホイと引き寄せる性質だ。ゴールまでたどり着けるかどうかはともかくそこまでのハードルは決して高くはない。
「ねえ、とりあえず移動しようよ。すげえ目立ってるよここ」
そう言って一木の腕を引いたのは、悟郎の隣の大男、志村貴志だった。
男子バスケ部の副キャプテン。バスケ部でも二番目に背が高く性格も大型犬のように温厚ときている。それだけの要素があれば校内でもそれなりのランクに位置するはずなのだが、その割に存在感は薄く彼もまたヤナセのように
「シムラ、まさかお前は俺を裏切ったりはしないよな。俺に隠れて女子から手紙貰ったり告られたり一緒帰ったりラインしたり」
「ないようるさいな」
モテない。
これがさっぱりとモテない。
「シムラは何でモテないんだろうなあ」
この問題については、悟郎もしきりに首をかしげる。
モテのツートップである二人と比べると顔の造詣は平凡だが一般受けをする部類の、優しい顔立ちをしているし、バスケ部一のファッションセンスで素材をよく見せる術も知っている。
それなのになぜ、と。
「女子になめられてるからじゃないの」
「うわあ、イチ君ずばっと」
一木の言うとおり、気立てがよすぎるのも問題のひとつだろう。
デカい図体をしていながらまったく威圧感を与えないという特殊スキルがよろしくない方向に働いて、異性として意識されていない。
「いいの。俺別に彼女とかいらないし」
「何で?」
「何でって……イチは欲しいの」
「いや、別に」
「でしょ。俺も同じだよ」
本人のやる気の問題、というのもあるだろう。
だがおそらく、何よりも
「……いや、多分イチとシムラでは理由が違」
「シムラ、ホモだもんな」
「いや、違うよ? ヤナセ。いや、そりゃイチは好きだけどさあ!」
一番大きな原因は間違いなく一木荘介にある。
同じ男で、友達であるはずの彼への大きすぎる友愛。そして、ヤナセがことあるごとに繰り出す「あいつホモだから」のネガティブキャンペーンが実を結んだ結果この現状に繋がっているようだ。
「でかい声で告んな恥ずかしい」
シムラの『コレ』にもすっかり慣れっこな悟郎が思い切り背中を叩いた。
「小さけりゃいいって問題でもねえけどな」
そして当事者の一人であるはずの一木は悟郎以上にこの状況に慣れている。
ため息ひとつ挟んで、掴まれたままの腕をようやく振り解いた。
「悟郎はどうせあれだろ、靴箱あけたら手紙どさーみたいな」
「近年、漫画界でもありえねえとされている現象を当たり前ように言うなよ。それに俺のとこにくる女子はそういう謹み的なものはまるで無い。敵はだいたい正面からくる」
「あーよかった! 悟郎がケーハクでほんとよかった!」
「は?」
「お前に寄ってく女子に俺興味ねえもん。住み分けができてるからこその友情みたいな?」
「心配すんな。それは向こうも同じだ」
靴を履き替え教室へ向かう道すがら、ヤナセはまだ自らの地雷であるはずの話題を引っ張ろうとしていた。
その相手は悟郎に任せて、一木は一段下から、二人を追う形で階段を登る。
朝練のない朝。疲労はないが、眠気の重りは重い。
だが
「ねーねー。それ言うと、イチを好きな女の子がヤナセのタイプってことにならない?」
「あ! マジだやっべ!」
「それも心配いらずだ。イチを好きな女子はお前のことタイプじゃねえから」
「悟郎マジ煩え」
「現実を教えてやってんだろ、わざわざ」
「世の中うまくいかないもんだねえ……」
「そりゃな。この一木荘介ですらかつては自分の好みとは真逆の肉食女子と付き合……っいって!」
余計なことをつるつると喋ろうとする悟郎の尻を無言で叩くと、そのままの勢い、一歩で二人を追い抜いた。
「ちょ、イチ! 今の何?!」
「忘れろ」
ぎゃんぎゃん煩い『二匹』と、ごめんと手を合わせる悟郎をちらりと見遣り、すべてを振り切るように速度を上げる。
少し早めに家を出れば、こんな騒動に巻き込まれずにすんだのに。と、のんびりと朝の芸能ニュースを鑑賞していた自分に深い後悔を覚えながら人と人の間をぐんぐんと進んだ。
過去を特別秘密にしているわけではない。
だが人に誇らしげに話せるような遍歴ではないし、数少ない経験についても、後ろめたさを感じている以上話す気にはならない。
だから隠す。
昔から自分を知る人間には、特にだ。
「あ、おはよーイチ」
「……はよ」
「何、朝から不機嫌?」
教室のあるフロアに到着。ちょうどピークとピークの合間の時間であるせいか階段ホールには人も少なく、掲示板前に立っていた幼馴染が爽やかな笑顔で一木を出迎えた。
人に囲まれているのが当たり前のような人種なのに、珍しく一人だ。
「……『佐保』」
見慣れた顔を見て気が緩んだのか。
滅多に呼ばない『名前』を、呼んだ。
これには三月もおどろいたのか、一瞬、目を見開いて
「……はい?」
それから、嬉しそうに笑う。
「……ごめん、用は無かった」
「何それ」
世の中、うまくはいかないもので。
今も一番近くにいるのは、好みとは真逆の女の子。
「……そもそも好みを疑うべきなのかな」
「はあ?」
基準となるべき初恋の人は、今も昔も、変わらず。
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