藤高バスケ部午後1時

午後1時。

 この時間一番の人口密度を誇る学生食堂に、多くの女子生徒の視線を集める一角があった。

 熱を帯びた視線の先には、三人の男子生徒。「ある意味注目」な2年1組の三人組とは全く違う類のそれを浴びながら、全く、周囲を気にする様子もない。


「鼻からうどん出した事ある?」

「ない」

「ない」

「え、なんでないの」


 2年2組、名島大作。


「むしろ何であるのって話だよ。落ち着いて食え」


 2年3組、黒木太一。


「うどんの魅力って勢いよく掻っ込めるとこじゃん」

「違う」

「違うな」

「えー……太一はともかく悟郎ならあると思ってたのに」

「それ俺に失礼すぎるだろ。どんなイメージだよ」


 そして、淮崎悟郎。


 一学年に一組はいる、イケてるメンズな三人組だ。

 素材がピカイチの悟郎、オレンジ系の茶髪が良く似合う「やんちゃ系」の名島、インテリ系黒ブチ眼鏡男子の黒木とそれぞれタイプは違うのだが、去年同じクラスになり、全員が高等部からの入学者であったことから親しくなった。

 見た目を裏切るぐだぐだのテンションがどうにも居心地がよいらしく、名島一人が違うクラスになった今でも昼食時はこの三人で居る事が多い。


「あ、悟郎発見」

「お。見つかった」


 そんな見た目だけは一級品の三人のもとに、長身の女子生徒が近づいた。

 声をかけたくてもかけられない他の女子の目線など全く気にせず、堂々と三人のテーブルの前に立ちその無数の視線から壁を作る。


「あんな大声で呼ぶのやめてよ。恥ずかしいでしょ」

「手ぇ振り振り返してくれたくせに」

「それは思わず」


 悟郎の笑みにつられるように、三月も柔らかな微笑みを零した。

 人気の男子に声を掛ける際、普通女子は女子の視線を気にする。今のように視線の集中砲火を食らっている状況なら尚更だ。

 だが三月佐保は非常に同性人気が高い。すらりと高い身長に、ショートボブのよく似合う顔立ち。中性的なその外見に加え、さっぱりとした性格から男女問わず友人も多い。

 性別の壁が薄く妬みの対象にはなりにくいのだ。それがわかっているから、三人も余計な気をつかわずに済む。


「もう飯食ったの?」

「まだこれからだけど。そういや三人が学食って珍しいね」

「たまにはあったかい昼飯が食べたくて。隣座る? 空いてるよ」

「あー……パス。ありがたい申し出だけど、ひとりじゃないから」


 そんな中。佐保の介入により鋭くとがった視線が一筋。

 佐保が自分の後ろの女子を控えめに指差すと、悟郎もああと短く納得の声を上げてそちらにヒラヒラと手を振った。


「うおっ眼光がより鋭く」

「なんで挑発するかな、あんたは……」

「段々カイカンになってきたよ。丹羽ちゃんに睨まれんの」


 鋭い視線の出所は、女子バスケ部のキャプテンの丹羽葉子だ。

 美少女と評されて全く遜色のないそれはもう端正な顔立ちをしているのだが、残念なことにその立ち姿は仁王立ちだ。両手を組み、苛立ちを隠そうともせずひたすらに悟郎たちを睨んでいる。


「なーミツキ。何で丹羽さんってああなの?」


 特に気にする様子もなく、いなり寿司を箸で摘みながら名島が問う。


「さあ。中等部のときはもうあんな感じだったけど」


 丹羽葉子の男嫌いは有名だ。

 あの態度も何もこの三人に限定したものではなく、男に対しては皆平等に牙を向く。

 気の強さも折り紙つきで、これまでもその外見につられて近寄る数多の男を言葉の刃で八つ裂きにしてきた実績がある。同じ部活の悟郎はともかく、他二名からすれば進んで関わりたくはないというのが本音だ。


「じゃ私行くね」

「何しに来たのお前。俺の姿見つけて嬉しくなって来ちゃったとか?」

「抗議しにきたんですー」

「あ、そうでした」


 爽やかな空気を撒き散らして去っていくミツキの背中を、三人は小さく手を振り見送った。


「……丹羽さんのあれはガチなのか。そこんとこが超がつくほど気になる」

「んー……どうだろうなあ」


 駆け寄る佐保の腕を取り、先程までの怒気が嘘のように、楽しそうに嬉しそうに表情をほころばせる丹羽はどこからどう見ても文句なしの美少女だ。

 変態として名高いシムラすら一木に対してあそこまで激しい執着を見せることはないのに、丹羽は佐保に、明らかな執着と愛情を見せている。

 三月の周囲の、あくまでも友達でしかない男達を威嚇してみせるくらいに。


「「どう思う? 太一」」


 悟郎と名島、二人の声が重なった。


「な、なんで俺に振るんだよ……俺まず丹羽さんよく知らないし」

「いやあ、ねえ、ほら。俺とサクだとちょっと雑念が入るっていうか」

「そうそう。ちょっとこう、アリかもしれんとか思ってしまって自己嫌悪ーみたいなさ」

「え、ありなのサクちゃん」

「え、ないのごろ君」

「いや、100パーセントないとは言い切れないけど」

「……ほらあ、俺らじゃこうなっちゃうからあ」

「お前だけが頼りだ。よ! 眼鏡男子!」

「知るか!」


 すぐによからぬ方向に考えがいってしまうのは若さだ。

 少々見た目が優れていようが、その辺りの脳の造りはいたって普通の男子である。


「ねえ悟郎ーっイチ知らなーい?! どこにもいないんだけど!」

 友達でよからぬことを考えた後ろ暗さを吹き飛ばすような大声に名前を呼ばれ、一瞬全員の肩がびくりと動いた。


「し、知らねー!」


 動揺を隠しながら答えてやると、シムラは残念を絵に描いたような表情を浮かべ「有難う」と叫び返してくる。


「……今サホの気持ちがわかった」


 思わず大声で返したけれど。

 これは少し、いやかなり恥ずかしい。

 なにせ運動部で鍛えているだけあって、二人の声はとてもよく響いた。


「これはなしだな」


 自分達を包囲している好意的な視線の主達から零れるくすくす笑いにようやく居心地の悪さを感じた三人は、残っていた昼食をそれぞれ倍速で口に放りすぐさま食堂を後にした。









 運動部の部室が集められたクラブハウス。そこに男子バスケ部の部屋はない。

 数年前に新設された第二体育館がメインの活動場所である彼らの部室は、その新しい体育館の裏に二階建てプレハブ小屋として存在している。

 部員数が多いという事情もあるが、それはこれまでの実績を評価されての特別待遇だ。流石に冷暖房完備とまではいかないが、充分な広さがありテーブルやパイプ椅子、ベンチ、資料整理用のラックといった備品類にも恵まれている。


「……よし、誰もいない」


 鍵がかかっていたのだから誰も居ないのは当たり前なのだが、うっかり声に出してしまうのは庶民の性だ。

 イチは靴を脱ぎ室内へ入ると、何故か音を気にするように後ろ手でそっとドアを閉めた。

 冷えたベンチに腰を下ろし、持っていた弁当箱を自分の横に置く。


(……こういうのはあんまよくないって、わかっちゃいるんだけどなあ)


 シムラ達を撒いてここに来たのは、一人になりたかったから。それだけの理由。

 朝の騒動の気疲れはトドメにしかすぎない。それよりも前に、取れない疲労やストレスがめいいっぱい蓄積していた。

 人に好かれるのも、頼られるのも、嬉しいのは嬉しい。だから好意にも信頼にも全力で応える。

 だけどどうしても限界を感じたとき、イチはこうして一人の時間を作る。

 ほんの一時。苦しいときに苦しいと呟ける時間を欲して。


 食べなければと弁当に手を伸ばすも、包みを解く手の動きが鈍い。

 イチは元々食が細い。とはいってもそれはあくまでも体育会基準であり特別酷い小食というわけではないのだが、特に疲れが溜まると、それから更に食欲が減退してしまうという厄介な体質の持ち主だ。

 ただでさえ大幅に不足している体重をこれ以上削るものかと普段は気をつけてはいるものの、一人になって突然身体に圧し掛かってきた倦怠感がどうしてもそれ以上の作業を許してはくれなかった。


(……ちょっと寝ようかな)


 一眠りして少しでも疲れが取れたら食べる気になるかもしれない。そんな淡い期待を胸に立ち上がり、弁当箱をテーブルの上に移す。

 その時ふと、パイプ椅子に置いたままの巨大バナナが目に留まった。

 抱きしめてくれよと全力で主張するバナナを前に、イチから苦笑いが零れる。


「どこまでわかってんのかな、あいつ」


 時々一人で休んでいるだなんて、誰にも、シムラにだって言っていない。

 休日練習の昼休みや試合の合間にたまに横になることはあるから、恐らくはそれから連想したのだろうけれど。

 あまりにもタイムリーだ。相手がシムラなだけに、勘繰りたくもなる。

 バナナを手にベンチに戻って、ポケットに入れていた携帯のアラームを20分後にセット。本当の仮眠にしかならないが、しないよりはマシだ。


(……あ、これ気持ちいいわ)


 バナナの先端を少し曲げて頭を置き、邪魔な残り四分三のほどの部分を抱き込むようにして横になる。

 休息を欲していた身体は簡単に眠気を受け入れ、程なくして目蓋がその大きな目を綺麗に蓋った。

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