第204話 待っている間の活動。

 おそらくここが神殿部の一番偉い人、ここではもう二人目に会う伯爵さんの部屋。


「タツマ様をお連れいたしました」

『お入りになってください』


 お、男性の声だ。ドアの前で職員さんが帰っていく。俺はドアを開けて中に入った。

 既視感デジャヴ。どこかで見た感じ。あーそうだ。間違いない。


「私がこの神殿伯を任されています、ジャグルート・ティルライダと申します」


 でっかい。身長は俺くらいなんだけど、横にもでっかいんだ。あちらの世界だったらゆるキャラの着ぐるみと同じくらい? 横幅だけならジャムさんに負けてない、いや彼よりあるかもだよ。まじで。


「わかりますよ。体重超過は存じています。その、この神殿では私が一番治療をするしかなくてですね、その、毎日何人も治療にあたるので魔素の消費と回復が追いつかなくてですね、仕方なく魔素蜜を常用しているのでここまで……」

「魔素蜜、ですか?」

「はい。魔素の回復を促してくれる花の蜜なのですが、これがまた栄養価がありすぎて……」


 なるほど、マナ茶みたいなものか。あれはそこまで甘くないんだよね。


「あ、そう考えるとあれだ。ちょっと手、いいですか?」

「はい、構いませんが」


 握手するようにして呪文を唱えた。


「『リジェネレート再生呪文』。どうだ?」


 するとジャグルート神殿伯が、熱を帯びて光ったんだ。


「うわっ」


 光が収まって、目の前に現れたのは普通の体型の若い男性だった。服は落ちそう。ズボンも半分落ちてる。


 思った通り、『個人情報表示謎システム』が魔素蜜による肥満を病気ととらえたなら、いけるんじゃないかと思ったんだよ。虫歯が治るんだから、この程度ならね。


「よかった、男性で」

「はい?」

「服、着替えてきたらどうですか?」

「あれ? 身体が軽いんですけど」

「痩せましたからね」

「はい?」


 この通り、ジャグルート神殿伯は、自分の身に何が起きたかわかってないみたいだった。


 ジャムさんに負けないくらい横幅があったのに、それがセテアスさんくらいまで痩せたんだから服くらい落ちるよね。ジャムさんは別に太ってるわけじゃなく、ただ大きいだけ。


 もしかしてジャムさん、『着ぐるみだったりしないよね?』って疑ったことはあるよ。さりげなく、背中にチャックないか調べたこともあるくらいだからね。


 えっと、インベントリにあったあった。髭剃るときに使うから持ってたんだよこの手鏡。


「これ、見てもらえますか?」

「どこから出したんです? もしかしてあの、空間属性持ちだったりし――誰ですかこれ?」


 西の芸人さんも、とりあえず合格点を出すくらいに見事なノリツッコミ。


 ややあってジャグルート神殿伯さん、やっと現状の把握ができたのか、私室へ行きましたとさ。けれど着替えようにも服がなかったそうだ。仕方なく職員さんの支給品を着込んで戻ってきたわけなのよ。


「慌ただしくしてしまい、申し訳ありません」

「いえいえ。悪素毒よりもなんだか寿命に響きそうなくらいだったので、つい」

「ご心配おかけいたしました。もし翼を動かせたとしても、重すぎて飛べない状況だったのは間違いありませんね……」

「あ、そうだ忘れてました」

「何がです?」

「もう一度手をすみません」

「はい、どうぞ」

「『ディズ・リカバー』、『フル・リカバー』、っと。これで飛べますよ、きっと」

「はい?」

「悪素毒の治療、終わりましたので」

「はい?」


 治療のすべてを司る神殿の長が、ぽかーんとしてるのはどうなんだろうね。警備部のフェイルラウドさんより、ジルビエッタさんより唖然としてるんだからさ。


「ところでタツマ様」

「なんですか?」

「差し支えなければですが、回復属性のレベルはおいくつでしょうか?」

「えっとそうですね。先ほど使ったのは再生呪文です。そういえばわかりますか?」


 ジャグルート神殿伯さんは神殿の一番偉い人なんだし、どのレベルでどの魔法が使えるか、それくらいの文献は読んでいるだろうからね。


「え? ま、まさかですよ?」

「はい。そのまさかだと思ってください」

「なんと、そうでありましたか……」


 同じ回復属性持ちだと、なんとなく察してくれるから助かるな。


「ところでティルライダ伯爵閣下」

「ジャグルートと、またはジャグとお呼びいただいても構いません」

「それじゃ、ジャグさん」

「はい、なんでございましょう?」

「そんなになるまで無理するとか。回復属性のレベル、いくつなんですか?」

「はい。私は2に、あとの神官、巫女は1でございます」

「やっぱりな。2だとおそらく、骨折の治療、あと痛みをかなり取り除けるんじゃ?」

「そうですね。中級回復呪文までは使うことができます。仕事や立場上、強い薬を飲むわけにいかない人にはそうしているのは間違いありません。私も自分で自分に毎日かけていますし」


 なるほど。ジルビエッタさんの話に出てきた強い痛み止め。あれは副作用が強いから、そうなるわけか。


「そうだ。2だとあれ、普通に解毒呪文が使えるでしょう?」

「はい。そうですね」

「あれって悪素毒治療に使えるんですよ。知りませんでした?」

「いえ、試したことはあります。ですが、魔素蜜を使って半日続けても、毛ほどの効果はありませんでした」


 もしかしたら目に見えない程度には治療ができているとは思うけど、目視できるわけじゃないということか。人とそれ以外。例えば水とか食べ物とかの毒抜きは違うってことなのかな?


「んー、なるほどそうですか。俺が効果を感じたころは3を超えてたからかな。それでも一度唱えて髪の毛程度の幅だったから。解毒呪文は1のものだから更に上のレベルにならないと効果が薄いのかもだな……」

「なるほど。そうだったんですね」

「とにかく、このあと警備部から重症の人が担ぎ込まれてくるから、誰が重症で、誰が完治したか。それを記録してほしいんです」

「わかりました」

「とにかく俺がここにいる今、悪素毒で亡くなる人があってはならない。俺はそう思ってこの神殿に来たんです」

「はいっ。了解しました」

「あと、レベルを上げるためには一番高い魔法。2だったらそうですね、中級回復呪文を多用すること。これが近道です」

「なんと、……そんな秘密が」

「あ、そっか。これ、秘伝ですから。バラしたら酷い目に遭いますからね?」

「わ、わかっています」

「とにかく、俺が悪素毒を直します。そのあとに、中級回復呪文をかけてあげてください」

「では、準備を初めてください」


 巫女さん、神官さんたちが運び込まれるだろう人たちのベッドをホールに用意する段取りになってる。


『わかりました』


 皆さん急いで走る走る。ジャグさんも俺を見て懐から何やら取り出した。


「では私も準備を」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る