第200話 懐かしい料理。

「――くぅっ。ぬるいけどこれはこれで最高でしたわ」


 着替えを終えて、風呂場から出てくる。そういやここってベッドが二つあるんだ。もしかしたらスィートルームじゃね? と思った瞬間、腹から『ぐぎゅるるる』という怪音。


 テーブルの上に置いたスマホが定期的にぶるぶると震えてた。マナーモードにしていたからバイブレーターが作動したんだろうね。


『これから出発しますよー』

「『道中気をつけて』、送信」


 ぶぶっと震えた。


『ありがとねー』


 麻夜ちゃんだけならちょっと心配だけど、ベルベリーグルさんもいるし。セントレナもいるし。無理はさせないでしょ?


 そう思って俺は、とりあえずスマホをインベントリにしまった。


「まずはごはんだな」


 部屋を出て鍵を閉めて、一階へ行こうと思った。よく見ると俺がいるこの階、部屋が四つしかないように見える。超高級店なんじゃね? と歩いていくと、左に折れる。あれれ? あーそういうことか。


 左と右に部屋がゆったりと配置されていて、四部屋あるように見えて、それがぐるっとコの字型になっているのか。十二部屋あるみたいだわ。この階はね。


 とにかく一階へ。するとさっき案内してくれたリリャルデアさんが迎えてくれる。一階は内側が中庭になっていて、雪が積もっていないんだよ。もしかしたら屋根があるのかもだね。


「食堂はこちらでございます」

「おや? 珍しいね。人族のお客様は何年ぶりかな?」


 厨房から顔を出したのは龍人族の男性だった。おそらく俺なんかよりももっと年上。


「あなた。ネルガテイク閣下からのご紹介なんです」

「おっと、それは失礼しました。私はゲナルエイド。この宿の厨房を支配してるだけの男です」

「いいですよ。あまりかしこまられても困るので」

「それは助かる。俺はお客様の相手ができない。そのあたりはすべて家内に任せているものだからね」


 なんとなくわかった。セテアスさんの逆だわ。でもリリャルデアさんもしっかりしてるし。いかにも女将さんって感じだからね。


「お客さんは、油で揚げたものは苦手じゃないかい?」

「油ですか?」

「種子から取れる油が豊富でね、昔から料理のひとつになっているんだ」

「揚げ物は好きですよ」

「そうか、それはよかった」


 そういえば龍人族の国から、穀物を大量に買うのが浄化の対価だって言ってたっけ。穀物にも油を含む、例えばごまととうもろこしからも油がとれるからな。


 ロザリエールさんが揚げ焼きをしてくれたのだって、揚げ物がある前提だろうから。魔族領には昔からある料理法のひとつなのかもしれないね。


「それじゃまずはこれだ。リリャルデア、頼むよ」


 俺の前に置かれたのはナイフとフォーク、それと大皿。その上には何も乗ってない。そこに少し大ぶりな揚げ物が二つ乗った皿を置いてくれた。


「どうぞ。岩塩を粉にしたものがありますので、つけてお召し上がりくださいね」


 見た目は何かのフリッターだ。まさか天ぷらが出てくるとは思わなかった。衣はおそらく小麦か大麦粉を水で溶いたもの。ロザリエールさんも揚げ焼きのとき、薄い衣をつけてたもんな。


 ちょんちょんと塩をつけてかぷっと。


「あちあちあちんぉぉ、うまい。これ、ねぎ? いや、名前は違うけど食べたことがあるやつだ」

「ネギというのは知らないけどな。こっちではシュレットという根野菜だ。生で食べると辛くて癖があるが、熱を通すと少しだけ甘みがでてくるんだ」


 元の形がわからないからなんとも言えないけどさ、色味は白っぽくて根野菜なら玉葱なんだろうけど、味はどっちかというと長ネギなんだ。とにもかくにもこれはうまい。塩で食わせるのがまたいい。けど天つゆも欲しくなるんだな。

 二つあったけど、あっさり食べちゃった。これで終わりとか言わないよな?


「ふぅ、これまじでうまいです」


 次に出てくるのが楽しみで仕方がない。これでご飯があったら文句はないんだけどさ。


「ありがとう。じゃ次はこれだ」


 肉を揚げたもの。いわゆるとんかつみたいな感じ。周りの衣はパン粉じゃなく何かの穀物を乾燥させたもの? 何だこれ? 細くて長くて、まるで・・・・・・。うん。これ、一粒だけインベントリに突っ込んで麻夜ちゃんに見てもらうことにするか。


 その後数品揚げ物が続いて、パンを千切りながら食べて、スープが出て飲んで。


「――ふぅ。うまかったです」


 満足満足。ご飯と味噌汁じゃなくパンとスープだったけど、久しぶりに日本食に近いものが食べられた。


 部屋に戻って迎えを待つ状態。スマホを見るとメッセージが入っていた。


『兄さん寒い寒い。野営中なう。でもセントレナたんが低く飛んでくれてるからまだ大丈夫』

「『そっか。不便なことない?』、送信っと」


 ぶーっ、っと振動。


『暖まる系の魔道具あるから大丈夫なのです。それにべるさんたちが色々してくれるからぜんぜん問題なっしんぐ』


 あー、あの暖炉に使われてるやつか。あれ、持ち運べるわけね。


「『それならよかった。気をつけて来るんだよ?』、送信」


 ぶーっ、っと振動。


『了解。それじゃねー。もふりながらおやすみするのだ』

「『おやすみ』、送信」


 ちょっと待て、誰をモフりながらなんだ? まさか男性のベルベリーグルさん? まぁ、彼ならあり得るな。ディエミーレナさんと一緒で、麻夜ちゃんがモフっていても気にしないくらいだからさ。


 ▼


 朝目を覚まして、『個人情報表示謎システム』を眼前に表示。時間は午前7時前。思ったよりもよく寝た感はあるね。こっちはほら、ネットがないから夜更かししないから、深酒しない限り10時か11時には寝ちゃうんだよ。


 スマホを取り出して、メッセージ確認。今のところまだ入ってない。寝てるのかもだね。昨日からスマホのバッテリーが10%切りそうになったら、一度インベントリに入れてすぐ出して充電完了させてる。だから寝てる間以外はほぼ外に出してるね。


 部屋を出て食堂へ。するともう、旦那さんがいたわ。


「おはよう」

「おはようございます」

「朝食でいいんだね?」

「はい、お願いします」


 うわなんだこれ。出てきた物にびっくりした。


「これってなんですか?」

「これも麦と呼んでるんだがな。パンにはしない麦だからこうして、鳥の肉が少ないところを骨ごと煮込んで、根菜と一緒に軽く煮ただけだよ」


 1センチくらいの賽の目に切った野菜。このスープみたいなのって、ロザリエールさんが作ってくれたっけ。もしかしたら魔族領ではポピュラーな切り方なのか?


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