第174話 なんだいこの静けさは、みたいな。
昨日一日必死に頑張っても400人くらいがが限界。ということで俺と麻夜ちゃんは朝食のあと、亡命してきた犬人族さんたちの仮設住宅地区にきていた。もちろん、悪素毒治療だよ。
俺も麻夜ちゃんも、ちょっとばかりそわそわしてたんだ。それってあれだよ。ベルベリーグルさんの報告がまだかまだかと待っていたってわけね。
「ねえ兄さん。あ、はい次の人どうぞ」
「なんだい麻夜ちゃん。はい、次どうぞ」
麻夜ちゃんは黒ずみが爪程度で症状の軽い人。俺はそれ以上のちょっと重い人。並んで治療にあたってる。
最近は麻夜ちゃんはエンズガルドで『聖女様』って呼ばれてるのよ。散々『聖人様』ネタで笑われてるから、たまにからかってるんだ。
「まだかなー」
「昼くらいって言ってたでしょ?」
「しょんぼりー」
こんなやりとりをしながら、治療を続けてる。つい先日までは神殿で治療していたから日常ぽくはないんだけども、……あ、そうかこの違和感。麻夜ちゃんがモフりたそうにしていないのか。
目の前にいるのは犬人族さんたち。耳もシッポもケモミミシッポに当てはまるのに、麻夜ちゃんが食指を動かそうとしない。猫派を公言するだけあって、そこまでのものだとは思わなかった。どうみても我慢しているようには見えないんだよ。
クメイリアーナさんは今日も、亡命してきた犬人族さんたちのためにあれこれ動き回ってる。ヒストゼイラさんと一緒にみかけるから、本当に仲がいいんだなと思った。
ロザリエールさんとクメイリアーナさんは相性が悪いから、険悪な雰囲気になるかと思ったんだけど思ったよりも棲み分けができているみたい。顔を合わせることがないからかもしれないんだけどね。
今日はちゃんと昼食の休憩をとってる。基本的な味付けはロザリエールさんとダンナ母さんらしいんだけど、盛り付けはマイラ陛下もしてくれてるんだって。どれがどれかだなんて、わからないくらい見事なものになってるから、正直判断できませんって。
「タツマ様」
「はい?」
「明日はお屋敷に戻ってお昼をとられませんか?」
「なんでまた?」
「マイラヴィルナ陛下がですね、お昼を届けるといって利かないものですから……」
「あぁ、うん。わかった。それでいいかな?」
「うんうん。マイラ陛下らしいよね。麻夜はおっけーだよ」
ロザリエールさんはお姉さんみたいな感じで、マイラ陛下はちょっと年上のお姉さんみたいな感じだって麻夜ちゃん前に言ってたっけ。ロザリエールさんとマイラ陛下からみたら、年齢的には俺と麻夜ちゃんは同列なんだろうけどさ。
「それじゃ明日からはお昼を屋敷でということで」
「はい、ありがとうございます」
ここが終わって神殿の治療に戻ったとしても、セントレナとアレシヲンなら散歩な感じで行き来してくれるだろうからね。
そうそう。ジャムさん経由でクメイリアーナさんよりワッターヒルズの状況報告があったんだ。コーベックさんが作ってくれた魔道具のおかげもあって、悪素毒被害は最小限に抑えられているとのこと。
スイグレーフェンからは麻夜ちゃん経由で麻昼ちゃんから同じような報告が入ってる。あちらは複数の回復属性持ちがいるからワッターヒルズよりも軽微だね。
どちらのほうもなるべく早く、『一週間ほど滞在しなきゃいけないかな?』とは思ってるところ。最悪の状況から脱してるだけで悪素自体がなくなったわけじゃないからさ……。
▼
夕食が終わって、お茶を飲んでほっこりしていたそのとき。
「麻夜様」
「べるさん、待ってました」
麻夜ちゃんのネーミング、どうにかならないもんなのかな? ディエミーレナさんをみーちゃんって呼んでるからって、ベルベリーグルさんをべるさんって呼んじゃってるし。
「うん。俺も待ってました」
「はい。お待たせして申し訳ありませぬ」
「いいっていいって」
「いいっていいって」
「血は繋がっていないと伺っていますが、ほんとう、そっくりのご兄妹ですね」
ロザリエールさんが呆れてる。声でわかるってばさ。
「そっかな?」
「まぁ、似てると言われて悪い気はしないんだけどね」
「言うねぇ、兄さん」
「麻夜様、タツマ様。ご報告、よろしいでしょうか?」
「どうぞどうぞ」
「どうぞどうぞ」
くすりともしないベルベさんはスルースキルの持ち主なのか?
「ゆっくり時間をかけて、城下町を散策いたしましたが」
散策してたんかーい。
「散策してたんかーい」
俺は我慢したのに、麻夜ちゃん声出てるってば。
「はい。堪能させていただきました」
「よく見つからなかったね」
「いえ、基本は屋根の上からでございます」
「あー、そゆことねん」
「町中は綺麗に整理された廃墟そのものでございました。狼人族特有の匂いがある特定の方角以外からしか感じられませんでしたので」
「そかそか、ほぼ全員逃げてきちゃったのねん」
「レジライデさん、人徳あるんだな。ゲーネアスさんも知られてるだろうし」
「町中を見回していましたら、なんと、王城からそれ風の姿をした狼人族の男の乗る馬車が数台出てきたのです」
「あー、貴族あたりかな?」
「それ関係かもだね」
ゲーネアスさんに聞いたんだけど、王家、公爵家、侯爵家は狼人族らしいんだ。水ぼったくりの伯爵家も狼人族なんだって。もしかしたら種族的な序列があるのか聞いたんだけど、やっぱりあるっぽい。
当たり前だけど王家がひとつ、公爵家がひとつ。侯爵家が2つに伯爵家が2つあるんだって。子爵以下は犬人族で、それ以上に上がった記録はないんだとさ。
「コーイツジのやつも、慌てているんだろうね」
プライヴィア母さん、お腹をおさえて笑いを堪えてる。腹筋持って行かれそうになってるんだろうな。
「コイツジ? 恋辻?」
「あぁ、コーイツジ・ウェアエルズ。あそこの現在の国王だよ。実質はジーネデッタ・ウェアエルズという王妃が糸を引いてるんだけどね」
「とにかくタツマくん、マヤくん」
俺たちの後ろに回り込んで、ぎゅっと抱きしめるんだよ。頬にキスまでするのは珍しいかも。もちろん、麻夜ちゃんにもね。
「うはぁ。お母さん、好きーっ」
麻夜ちゃん、堪能してる。両親が今いないのは同じでもさ。俺と違って、母親の顔を知らないんだもんな。だから実質、プライヴィア母さんが麻夜ちゃんのお母さんなんだよ。もちろん、ダンナ母さんもだけどね。あ、厨房からこっそりこっちみて、何やら複雑そうな表情してる。
あ、麻夜ちゃん抜け出してダッシュ。ダンナ母さんに抱きついた。
「ダンナお母さんも、大好きーっ」
「マヤちゃん、私も大好きですよ……」
ありゃま、ダンナ母さんが珍しく、軽いトラハッグ状態で頬ずりしてる。麻夜ちゃん足ぶらんぶらん。身長差あるもんな。
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