第172話 魚を捨てていた意味。

「男爵、子爵の爵位を用意することはできません。ですが母は、本国で受け入れてもいいと言ってくれました」

「そうなのですね、ありがとうございます」

「我々や少なくとも、エドナ湖を見て生活ができる。この地域から離れなくてもいい。それだけで十分でございます」

「それでは、これからの予定をお話ししておきます」

「はい」

「はい」


 レジライデさん、ゲーネアスさん、彼らのご夫人ふたりは頷くだけ。


「今夜、我々の手で破壊工作を行います。実際に壊すわけではなく、明日の朝からの脱出を円滑に行うための下ごしらえとでもいいますかね」

「それはどのような?」

「心配しなくてもいいですよ。ただ、どこから漏れるかわかりませんから、実行するまで内緒ですけどね。明日の朝、脱出を開始します。皆さんには城下の人たちを説得する自信はありますか?」

「大丈夫です。皆、辛い思いをしてきた同志ですから……」

「えぇ。心から離せば、皆、わかってくれると思います」

「もしかして、城下の人の税も?」

「かなり重いですね……」

「その上、犬人の誇りを守るため、魔石魚を食べてはならない。そういうお達しがあるので」

「え? 犬人さんたちも魚を食べられるの?」

「すべての魚というわけではございません。魔石魚、オオマスでしたか。骨の処理をしっかりとしさえすれば、我々も食べることができる数少ない魚でして、とても美味しいと聞いているのです。ただ、王族とその血の濃い公爵家が毛嫌いしているものですから……、持って帰ることもできず。隠れて食べたものを重く罰する法まであるという始末なのです」


 骨のない鮭鱒とか最高じゃないですかー。


「まじですかー」


 なんということでしょう。とんでもない事実が発覚しましたわ。


「ちょっとトイレを借りても?」

「はい。パルメラ」


 俺は側にいたゲーネアスさんにお願い。すると呼んでくれたのは見覚えありあり、この屋敷を訪れてからお世話になってる侍女さんだった。


「はい。タツマ様、こちらへどうぞ」


 パルメラさんって言うんだ。案内ありがとうね。


「ありがとう」


 俺はトイレに入って個室に籠もった。懐から電源入れっぱなし、音声通話しっぱなしなスマホを取り出す。


『麻夜ちゃん聞いてた?』

『うん。まじですかーってやつ。オオマスのくだりはね、お母さんもびっくりしてたよん』


 スマホに向けて小声でこそこそ話す。それでも十分俺の声を拾ってくれるみたいだ。


『俺はこのまま夜まで待機するから。陽が落ちたらこっちへお願いね』

『あの屋根ね。りょうかいー』

『タツマ様』

『はいよ。ロザリエールさんどした?』


 麻夜ちゃんに並んでたロザリエールさん。どうしたらいいのか、そんな困った表情してる。


『食材を無駄にする者は許せないと、ダンナヴィナ様も怒ってらっしゃいました』

『うわ、あの温厚なダンナ母さんが怒るんだ』

『はい。隣でお聞きになっております。プライヴィア様も極刑だとおっしゃって……』

『うわ、まじですかー』


 食べ物の恨みは怖い。まじで怖いわ……。


 ▼


 上空に向けて、スマホの明かりをぴかり、ぴかり。すると、音もなく降り立つ二翼。


「ぐっいぶにーん」

「お待たせ致しました」

「タツマ様。夕食はもう摂られましたか?」

「ありがとう、ロザリエールさん。こっちで出してもらったから大丈夫だよ」

 大味だったけど、味が濃いだけまだ良かった。前のダイオラーデンみたいに薄味だったら物足りなくなるからね。肉料理ばかりだったけどさ。


「そうですか。それならよかったです」

「心配かけます」

「いえいえ、どういたしまして」


 麻夜ちゃんがニヤニヤしてる。わかってるよ。子供扱いされてるってね。


 『個人情報表示謎システム』の時間は午前零時。草木も眠る丑三つ時まではまだあるけど、それでも娯楽の少ないこっちではもう寝てる人がほとんどなはず。

 ベルベリーグルさんに調べてもらったところ、王城や貴族の家にいる護衛なんかは起きて役目を果たしてるらしいけど、その位置は把握済み。


「俺とベルベさんがセントレナに、麻夜ちゃんとロザリエールさんがアレシヲンに。魔法の都合上、仕方ないからね」

「わかったよん」

「わ、わかりました」

「かしこまりました」


 ロザリエールさんの暗視バフは効果範囲が狭いから。さすがにベルベリーグルさんとロザリエールさん一緒に乗せるわけにいかないからね。


 分乗して空の上へ。ロザリエールさんはマナ茶を飲んでもらって、俺が『マナ・リカバー』をかけてあげる。これで実質、魔法使い放題だよ。


「ではあの建物が伯爵家です。あのあたりに、護衛がいますね」


 暗闇じゃなくあちこちに明かりがあるから見えるよ。ベルベさんが指さしたあたり。二人が、あ、寝た。もう一人も、寝た。俺は降下を表す指のサイン。


「これで昼くらいまで寝てるっていうんだから凄いよね-」

「うん。まじでおっかないわ」

「たいしたことはありませんよ。では、いってまいります」


 両手でふわりとスカートを持ち上げて会釈をするロザリエールさん。彼女は伯爵家の屋敷に消えていった。


「あ、ダイオラーデンのときみたいにスプラッターな展開はないよ」

「そうなんだー」

「なぜに棒読み?」

「だって、しょぼーんじゃないのさ?」

「だーかーら。寝ててもらって、後悔してもらうのが今回の作戦だって教えたで――」

「お待たせいたしました」

「はやっ」

「はやっ」

「実に見事な手腕にございますね」

「そんな、褒められても困ります……」


 こうして伯爵家、侯爵家、侯爵家、王家と、ついでに神殿とかも。さささっと皆さん眠ってもらったんだ。


「お疲れ様。あとは仮眠をとってちょうだい。あ、そうそう。先日前線基地として使ったあの建物覚えてるよね」

「うんうん」

「はい」

「ジャムリーベル様より伺っております」

「そこで俺たちは朝から待って、入国審査と重い症状の人はその場で治療までやっちゃうから」

「りょっかい」

「はい」

「私はどうしましょう?」

「ベルベさんはさ、ジャムさんと連携して、亡命者さんたちのテントの準備にとりかかって。もう始めてるはずだからね」

「かしこまりました」


 おわっ。もういなくなった。


「では、朝、お起こしいたしますので」

「はい。お願いしまーす」

「俺はあれこれ手伝ってくるわ」

「寝てくださいとお願いしても駄目なんですよね……」

「仕方ないよ。兄さんだもん」


 酷い言われようじゃね?


 ▼


 翌朝。『個人情報表示謎システム』では午前八時。俺と麻夜ちゃんはジャムさんと彼の下のお姉さん、神殿長ジェノルイーラさんで悪素毒治療の準備。ディエミーレナさん、ロザリエールさんは受け入れの手伝いを。そこでなぜか困惑しているこの人。


「あの、私はなぜここに呼ばれたんでしょうか?」


 今朝到着したばかりで早速連れてこられた、冒険者ギルドワッターヒルズ本部の受付、クメイリアーナさんがいるんだよね。もちろん、俺がプライヴィア母さんに呼んでもらったんだよ。


「おはようございます。これから千人ほど、亡命申請がありますから、その手続き頑張ってくださいね」

「うそぉおおおおおっ」


 絶叫するクメイリアーナさん。驚くとぺたんと下向いてる耳が立つんだね。ロザリエールさんは失笑、皆は苦笑。ほんと、彼女とロザリエールさんって相性悪いんだな。

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