第171話 破壊工作のようなもの。

 翌朝、久しぶりにセントレナとアレシヲンの厩舎。ふたりに朝ごはんをあげてるディエミーレナさん。


「麻夜様、おはようございます。ベルベリーグル従兄さんも麻夜様付きになったんですね」

「そうなのよん。ジャムさんに『ちょうだい』しようかなって呟いたらね、実現しちゃってたのよねー」

「国の中での配置転換ですから、それほど難しくないんですよ。私もジャムリーベル様のお屋敷で仕事を教えてもらいましたので」

「あぁ、そうだったのねん類は友を呼ぶってやつなのねん」

「多分それ、違うから」

「んー、文系科目苦手だったのよー。ほら、麻夜ってば理系だったから」

「俺もそうだったけど、平均点とれてたよ? だって俺、どことは言わないけど国公立大卒だもの」

「まじですかー」


 さて、今日の作戦だけど、俺が単身ウェアエルズへ潜る。もちろん、麻夜ちゃんの代わりに人族の男性に変装したベルベリーグルさんが御者をつとめてくれる。

 あれこれ準備ができているか確認したのち、俺と麻夜ちゃんで連絡をとりあって、ロザリエールさんが乗るセントレナと、麻夜ちゃんが乗るアレシヲンが飛来する。そのあと、作戦開始となるわけだ。

 静かな作戦になりそうだけど、実質破壊工作のようなもの。やったらわかるけど、かなりエグいんだよ。


「それじゃここでいいよ。ありがとう」

「ではご武運をお祈りいたします」

「そんなのまで伝わっているんだねー」

「何のことでしょう?」

「いいや、こっちの話」


 俺は門の見えるところで一度ベルベリーグルさんに馬車を持って帰ってもらう。帰りはどうせセントレナになるから。馬車を置きっぱなしにするわけにいかないからね。

 俺は右側が新規で左が再入場の門だと教えてもらっていた。インベントリから通行許可証を取り出して左の列に並ぶ。思った以上にすんなり進んでいくと、俺の番になった。

 許可証を提出すると何のお咎めもなしに入場となる。面白くないと思ってはいけない。何もイベントがないからといって文句は言っちゃ駄目だろうからね。


 背中にはダミーのリュックみたいな鞄を背負っている。俺はそのまま、昨日の道順を歩いて行く。別に注目を浴びる感じはないね。匂いの対策はしっかりやってもらっているからさ。

 ベルベさんがやるのかと思ったら、レナさんも知ってるんだね。二人がかりで香をかけられたんだよ。匂いのない水みたいなものをね。なんでもベルベさんたちの家の秘伝らしいよ。さっすが忍者の家系だ。忍者って役職じゃないけどさ。


 エンズガルドの町並みに似た道を歩いて行く。元は同じ国だったんだから、多少逃げいてもおかしくはないんだろうけどさ。

 真ん中が馬車の走れる道。その両側が人の歩ける道。段差があって、両側のほうがやや低いんだよね。歩道が低くなってるとか、あっちの世界の逆の概念。この感じはスイグレーフェンも、ワッターヒルズも同じなんだよね。

 街道は土に転圧をかけただけ。こうして城下は転圧後に敷石。王城周りは多少いい石を使ってるのがどの国でも共通かな? 町中は水はけのこともあって、ある程度勾配のある道造りをされている。これやらないと、雨が強くなったら川になっちゃうもんね。

 この『道にお金がかけられているか』が、村と町の違いなんだと思うよ。実際あっちの世界でもでもそうだったからね。


 すれ違う犬人さんはモフモフしてる。耳もシッポもあるんだけどね。だからといってモフりたいという衝動は湧いてこない。俺は麻夜ちゃんのようなモフリストじゃないからだろうね。

 でも、セントレナの羽毛は気持ちいいんだよな。あれは触っていて飽きない。

 けれどこうして見ると、すれ違う人の大半は手袋をしている。こすれると痛いんだろうか? エンズガルドでも治療前の人は手袋をしてるし、軽傷の人もそうだね。あまり見た目がよろしくないからだと思うけど。


 今回はまず水面下で動くから、セントレナで上空から乗り付けるわけにもいかない。だからこうして、馬車を降りて歩いてゲーネアスさんの屋敷に向かってる。それにしたって俺たちは、彼らに酷いことを要求してるんだ。家やこれまでの生活を捨てさせようとしてるんだから。


 道順を覚えていたから思ったよりも順調に到着してしまった。別に道すがら買い物をするわけでもなかったからね。一応、商人だから裏手からごめんください。昨日の侍女さんが笑顔でお出迎え。


「皆様お着きになっておいでです」

「そう。ありがとう」

「いいえ。こちらこそ、本当にありがとうございます」


 この人も治したんだっけ。そういえば今回、『銅貨10枚』はもらってない。それはこれが破壊工作の一環だからだね。ウェアエルズにちょっかいかけているんだ。あとでまとめて徴収したらいいよと、プライヴィア母さんも言ってたんだよ。


 客間に通された俺。皆さんその場で立ち上がってお出迎え。いるのはゲーネアスさんと奥さん、子爵のレジライデさん。うーわ、レジライデ夫人がにっこにこだ。お風呂とお酒なんだろうな、きっと。


「お待ちしておりました」


 レジライデさんが土下座みたいな挨拶しようとしたから止めた。いいんだってもう。


「それで、どんな感じですか?」

「はい。ゲーネアスとも相談いたしました。やはり我らは伯爵を初めとした上位役人の虐げに耐える生活よりも、健やかで風呂とお酒を我慢しなくてもいい生活を選びたい。そういう結果となりました」

「そんなに酷かったんだ……」

「我々は役人といっても名ばかり。それでいて税もかなりきついものですから」


 税というのは上納金のほうなんだろうと思ったらドンピシャ。レジライデさんの話から、与えられた業務と副業による利益の六割を上納する。まだゲーネアスさんはいい。レジライデさんは魔石を収入にできないからきつい。

 噂によれば、伯爵は魔石を収入にできるから何もしないでウハウハなんだと。それはなんというか、ブラックだわ。おまけに水の収益もあるから更にウハウハ。


「あー、うん。よく家を維持できていましたね」

「すべては家内の家が商家だったので、やってこれたようなものです」

「でもその商家を捨ててもいいんですか?」

「大丈夫でございます。商売はどの地でもできます。一から始めてもまったく問題はありません」


 もの凄いバイタリティだ。きっと新天地でもやっていけるよこの人は。


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