第125話 忙しい一日 その4。『お見送り』

 この世界は救急車という概念がないはず。それでも戸板よりは担架に近いもので、症状の重たい人を前後2人で抱えて運んでくる。

 左右を抱えて運んでくることができないほど、身動きがとれないというのは本当の話だ。状態を聞き取ろうとするとさ『平気だ』と、『痛くないと』言うんだけどやせ我慢だとバレバレなほど眉間に皺が寄ってる。

 いい加減しなさいよ、本当にもう……。


 最初の男性は、年齢を尋ねると214歳だという。まじか、俺が出会った初の200歳超え。

 この人、手首まで黒ずみがあるんだ。長い時間をかけて、徐々に蓄積されてるってことか。ここの人たちはどれだけ我慢強いんだよ、まったく……。


 痛みをとるだけなら『ミドル・リカバー中級回復呪文』で十分だけど、魔素に余裕があるから『フル・リカバー完全回復』をかけて安心してもらう。痛みがとれたとわかると、安堵の表情が現れるんだ。ほんと嫌いだよ、こんなに意地っ張りな人はさ。


 いつものように『ディズ・リカバー病治癒』をかけて、おまけに『フル・リカバー』をもう一度かける。ここへ来たときは担架で運ばれてたけど、帰るときは歩いて出ていける。

 ざまぁみろ、治してやったぞ。やせ我慢したことを少しは恥じなさいって。


 そのあと9人。ほぼ同じくらいの症状だった。一番高齢な人でも400歳まではいかなかった。けど、それより上な年齢の人はそういうことなんだろう、考えたくない。


 そこから続けて、前倒しに治療を続けた。150人超えたのは、『個人情報表示謎システム』上の時間で午後4時を超えたあたりだった。もちろん、手伝ってくれてたジェフィリオーナさんたちが初ダウン。


 『リカバー回復呪文』かけたらけろっとしてた。そこでジェフィさんに問い詰められる。同じ『リカバー』なのに効果が違いすぎるのは納得いかないんだってさ。それは後日説明することになったんだ。俺の予想だけで納得してもらえるか、わかんないんだけどね。


 予定より早く150人分の治療が終わった。俺とジェフィリオーナさん、ジェノルイーラさんの3人は、神殿長室で一息ついてるところ。


「ジェフィさん」

「なんでしょうか?」

「俺が戻ってくるのは、予定や作業の進み具合にもよりますが、おそらく明日の夜にはと思ってます」

「わかりました。お戻りをお待ちします」

「ジェノルイーラさん」

「はいっ」

「母さんどっちにいるかな?」

「今日のご予定は、……おそらくは陛下と一緒に中庭にいるかと思われます」

「そっか寄ってる時間もったいないかな? よし、麻夜ちゃんへ通話ぽちっと」

『ぽぽぽぽぽぽ』

『はいはい麻夜ちゃんです。兄さん、どうかしましたか? ちなみにロザリエールさんとマイラ陛下は両手に花状態ですぜ親方』

「なにやってんだか。どう? 採取は進んでる?」

『ビンに突っ込んで、ラベル貼るだけだから、それなりに進んでますよー』

「ならよかった。母さん、いる?」

『はいはい。プライヴィアさん、兄さんです』


 麻夜ちゃんがスマホのカメラの角度を変える。するとプライヴィアかあさんが映し出される。ちょっとちょっと麻夜ちゃん近い近い。顔がはみ出てますってば。


『タツマくんかい? 神殿での治療、お疲れ様』


 うっは、どアップ。迫力のある優しい表情で満面の笑顔。さっすがうちのお義母様。


「ありがとうございます。俺、早く終わったので、このまま出ようと思ってます」

『そうかい。晩ご飯も食べないで、大丈夫なのかい?』

「はい。途中でセントレナと一緒に食べますから、大丈夫です」

『忘れずに連絡は入れるんだよ?』

「はい。麻夜ちゃん経由で連絡します」

『わかったよ。気をつけていっておいで』

「はい、母さん」

『タツマ様、いってらっしゃいませ』

『タツマ様、お帰りお待ちしてます』


 ロザリエールさん、マイラヴィルナさん。最後にカメラが戻って麻夜ちゃんとディエミーレナさん。


『兄さん、いってらっしゃい』

『若様、いってらっしゃいませ』

「うん、いってきます」


 母さんの屋敷、中庭に到着。馬車の扉をあけてタラップを降りると、お出迎えはダンナ母さんセントレナ。

「お疲れ様でございます。では、道中お気をつけて」

「ありがとう、ジェノさん。戻ってきたらまたお願いね」

「いえ、こちらこそよろしくお願いいたします」


 馬車が王城方面へ戻っていく。セントレナはその場にしゃがみ、俺が乗るのを待ってくれてる。俺はダンナヴィナさんの元へ挨拶に向かう。


「ダンナ母さん」


 優しくぎゅっと抱きしめてくれる。背骨が折れそうなほど豪快なプライヴィアさんも好きだけど、ダンナ母さんのこれも大好きだな。


「タツマちゃん。気をつけていくんですよ?」

「はい」


 ダンナ母さんから大きな荷物を受け取った。いい匂いがするから、お弁当だね。


「セントレナちゃんのも入っています。途中で食べてくださいね」

「はい、いただきます」

『くぅっ』

「セントレナちゃん、タツマちゃんをお願いね」

『くぅ』


 セントレナはダンナ母さんの右手にかみつく。先日やっと、この意味がわかってくれたのか、されるがままにしてくれる。これなら怪我をすることもないんだよね。


『くぅっ』

「ほいほい」


 セントレナは満足したのか、俺に『乗れ』と促してくれた。どっこいしょと跨がると、ゆっくりと立ち上がる。


「それじゃいってきます」

『くぅっ』

「いってらっしゃい」


 セントレナは中庭の中央あたりまで歩いてくると、翼を広げてゆったり羽ばたく。すると浮遊感が発生し、ゆっくりと上昇していく。いつまでも俺たちを見守るように手を振ってくれるダンナ母さん。俺も手を振って応えることにする。


「なぁセントレナ」

『くぅ?』

「ダンナ母さんの誤解がとけてよかったな」

『くぅう』


 うわ、さっむ。そりゃそうだ。雪降るっていってたくらいだもんな。俺はインベントリからもう一枚厚手の外套を取り出して羽織る。


「セントレナ」

『くぅ?』

「おまえ本当に寒くないのか?」

『くぅっ』


 トカゲなんかのは虫類は寒さに弱いって聞いた。冬は冬眠してしのぐ種類もいるって話もね。けれど竜種はまた違うんだろうね。

 なにせ魔法がある世界だから、セントレナの身体にも、魔素をエネルギーとしてなんらかの維持ができてるのかもしれないし。ふかふかの羽の服を着てるようなものだし。


 プライヴィアさんの屋敷が小さくなっていく。王城もすぐそばに見える。


「セントレナ、ちょっとあっち飛んで」

『くぅ』


 王城の上空へくると、なるほど中庭がみえてきた。俺たちが住む屋敷の中庭みたいになってて、マイラヴィルナさんが言うとおり、中庭に川があるようにみえる。きっとあれは、湖から貯水池へ水をひいてる水路なんだろうな。 


 水路の延びる先には、かなり深い森が見えてくる。おそらくあちら側に湖があるんだろうね。けどこの位置からも見えないくらいに、高い木々が茂ってる。まぁ、戻ってきたら見に行ってみようかな。


「ワッターヒルズの方角わかる?」

『くぅ』


 ゆっくりと旋回するセントレナ。『個人情報表示謎システム』の魔素量ゲージを見ると、ちゃんと微量に減ったり増えたりしてる。未だに『パルス脈動式補助呪文』で『リザレクト蘇生呪文』が順繰り順繰り起動し続けてるんだろうね。ほんと、呪文というより呪いだよわ。


「ちょっと今日はさ試してみたいことがあるんだけど、いいかな?」

『くぅっ』

「ありがと。よっし、んじゃやってみますか」

『くぅっ』

「まだ何もお願いしてないってば」

『くぅ……』


 なにその『駄目な子を見る目』。誰の真似してるのよ?


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