第51話 古巣に戻ってみたら。

 国王陛下との謁見が終わって、ロザリエールさんと合流。


『麻夜ね、そのうち遊びに行くからね』

『抜け出すなんてできるの?』

『よゆーよゆー。麻夜たち、過保護レベルで大事にされまくってるのよ」

『え? どういうこと?』

『訓練なんていってもね、朝也くんは剣を振ってるだけでね、初歩的な魔法教わってる段階だし。麻夜と麻昼ちゃんはね、聖属性魔法の練習だけなのよ』

『まじですか』

『まじまじ。午前中で終わっちゃうし、午後は自由なのよね。敷地の中ならどこに行ってもいいって言われてるし。隠れてるつもりでも、ぜんぜん隠れてない2人がね、あんまりイチャコラするもんだから、周りに誰もいなくなっちゃうくらいに自由だからってイチャコラしてばかりで……』

『おーい、麻夜ちゃん、大丈夫?』


 気苦労してるんだろうな……。


『――んぁ? あれ? 麻夜いったい何を? 闇落ちするとこだったかも、危ない危ない。んっと、ふたりのおかげで隙だらけなもんだから、何度も遊びにでてるし』


 まじか……。この子、頭が良いだけじゃなわ。年齢以上な部分がかなりあるかも。


『ほんと、気をつけるんだよ? あとできたら、昼休みあたりにお願いできる?』

『おっけ』


 麻夜ちゃんたちと『またね』を交わし、そのまま王城の馬車で、ギルドまで送ってもらった。


 一時期歩いて通ったこの道。懐かしいけど、嫌な思い出もなきにしもあらず。


『あぁ、この先で、背中とおなか、斬られたんだよね……』


 俺はそう、小声でぼやいた。ただ、それがあったから。


『けれど初めて、ロザリエールさんと出会えたんだよな』

「あの」

「ん?」

「ご主人様のお力になれたあの日ですが、お目にかかったのは、実は初めてではありません。……もう、お忘れですか?」

「え?」


 俺が二人組に襲われて、背後から、正面から斬られて、湖に落ちたあの日。あんなことまでして、助けてくれた。あのとき初めて、ロザリエールさんと出会ったはずなんだけど? 治療に来てたとしたら、あのとき指に黒ずみはなかっただろうし。え? どこかで会ってた?


「一度その、町中で抱き留められるように、その、ぶつかってしまって」

「あれ?」

「あたくしの不注意だったのに、謝ってくださいまして、怪我の心配までしていただいたのですが……」


 そういえば、俺より少し背の低い、黒い外套を羽織った女性が、……あれ? 確かに、言葉使いもぶっきらぼうで、最初に出会ったころのロザリエールさんに似てた? 確かに、俺が謝ったあとに怪我の心配したのって……、あ、そうか。


「あ、あぁ思い出した。あのときの黒い外套。あれがロザリエールさんだったんだ?」

「思いだしていただけたなら、もう、いいです」


 ロザリエールさん、拗ねたような表情で横向いちゃった。仕方ないって、俺、リア充じゃなかったんだから。そういうところ、鈍くさいんだよ。


「あのときはほら、女性と話をするのもあまり慣れていなくて。なんていうかその、……ごめんなさい」

「大丈夫です。もう、気にしていませんからね」


 その、駄目な子を見るような、年上の大人の女性の目。そりゃそうか、俺、ロザリエールさんの半分しか、生きてないんだから。31歳の差は、来年も再来年も、埋まらないんだよね。仕方ないけど。


 曲がり角を左に曲がって、すぐに馬車が止まった。俺が降りようとすると手で制して、先にロザリエールさんが降りたんだ。いかにも付き添いの従者という感じに、俺を待ってる。


 馬車のタラップを降りると、懐かしい赤煉瓦のモザイク壁。あっちと同じなんだよね。看板はなくとも、どの国、どの町に行っても、すぐにギルドだってわかるようにしたって、プライヴィアさんから聞いたんだ。


 馬車の御者席にいる男性に手を振る。すると馬車はそのまま発進。王城の馬車だから、戻っていったんだろうね。御者も事務官さんだったから。


「じゃ、行こうか」

「はい」


 ギルドの中へ入ると、それなりに賑わっていた。


「――はい、いらっしゃいませっ」


 うんうん。聞き覚えのある声。あれ? もう一人の人、知らない人がいるっぽいけど。新しい受付の女性かな? 受付カウンターにも冒険者の列ができていて、どうしようか悩んだけれど並ぶことにした。


「よろしいのですか?」

「久しぶりだから、慌てなくてもいいでしょう?」

「ご主人様がよろしければ、あたくしはかまいませんが」


 あと二人、あと一人、やっと俺の番。


「いらっしゃいま――タ、タツマさんっ?」


 うんうん、元気そうだね、ジュリエーヌさん。懐かしい、彼女のその声で、職員全員が振り返った。


「タ゛、タ゛ツ゛マ゛さ゛ぁん」


 あぁあああ。ぼろぼろに涙流して、化粧落ちちゃうんじゃないのってくらい。俺はインベントリから新しいタオルを出して、ジュリエーヌさんに手渡した。あれ? 手袋してるよ。制服、こんな感じだったっけか? まるでエレベーターガールさんだよね。


「はいはい、泣くのはあとで。リズレイリアさんに会えるかな?」

「は゛い゛、い゛ま゛す゛ぐ」


 ずるずると鼻をすすり、タオルでぐしぐしと顔を拭いながら。きっと、支部長室へ行ったんだろうな。本部から『俺は生きてますよ』って、『文飛鳥ふみひちょう』で連絡は入れてたはずなんだけどねぇ。 


 少しして、二人分の足音が聞こえてきた。


「おや? これまた懐かしい顔がいるじゃないかい?」

「お久しぶりです。リズレイリアさん」


 ジュリエーヌさんが連れて戻った人はもちろん、ダイオラーデン支部の支配人ギルマス、リズレイリアさんだった。


「タツマ殿とお連れの女性は奥へどうぞ。ジュリエーヌくん、しばらくの間、誰も通さないでくれるかい?」

「ふぁ、ふぁい。かしこまりましたっ」


 ジュリエーヌさんとすれ違う瞬間、ロザリエールさんが彼女の耳元で何かを言ってた。するとジュリエーヌさんはロザリエールさんに、二度ほど大きく会釈したと思ったら、慌ててどこかへ行っちゃったんだよ。


「何言ったの?」

「ご主人様のような男性には、関係のないことす。女性だけにしかわかりませんので、お気になさらずに」

「そうなんだ?」


 何だったんだろうね? 不思議に思いながらも、俺とロザリエールさんは、支配人室へ通される。


「座ってくれるかい?」

「はい」


 ロザリエールさんは、俺のすぐ左後ろに立ったまま。


「こちらの女性は、どなたかな?」

「俺、あっちで色々あって、ある種族の小さな集落を面倒見ることになったんです」

「ほほぅ」

「それで彼女はその集落の元族長さんで、今は俺の」

「奥さんかい?」


 後ろからむせるような音が聞こえる。ロザリエールさん、大丈夫?


「いやいやいや、そうじゃなくて。俺の従者というか、侍女さん兼、執事さんみたいなことをしてもらってるんです」

「なるほどねぇ。しかしできたらでかまわないんだがね。そちらの彼女かたにも座っていただけると、私としてもありがたいんだけどね」

「ロザリエールさん、お願い」

「はい、かしこまりました」


 綺麗な仕草で音もたてず、俺の隣に座るロザリエールさん。


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